2008年6月24日 星期二

宮崎駿みやざき はやお

宮崎駿

宮﨑 駿(みやざき はやお、1941年1月5日 - )は、東京都文京区出身(墨田区出身という説もある)のアニメーション作家・映画監督・漫画家。学習院大学政治経済学部卒。血液型O型。アニメーション制作会社スタジオジブリに映画監督として所属し、2005年4月より取締役。また、自身が企画開発した三鷹の森ジブリ美術館の館主である。個人の事務所は二馬力で、主に宮﨑の著作権関連の管理を行っており、自身は代表取締役社長である。別名として秋津 三朗(あきつ さぶろう)、照樹 務(てれこむ)がある。映画などのクレジットタイトルでは宮崎 駿(みやざき はやお)と表記されることもある。
目次
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* 1 来歴
o 1.1 初期
o 1.2 未来少年コナンからナウシカまで
o 1.3 スタジオジブリ発足
* 2 略歴
* 3 作風
* 4 政治的・思想的スタンス
* 5 作品
o 5.1 監督作品
+ 5.1.1 長編アニメーション映画
+ 5.1.2 短編アニメーション映画
+ 5.1.3 テレビアニメーション
o 5.2 参加作品
+ 5.2.1 劇場用アニメーション映画
+ 5.2.2 テレビアニメーション
* 6 その他の作品
o 6.1 漫画・絵物語など
o 6.2 デザインワーク
o 6.3 作詞
o 6.4 著書(対談・インタビューなど)
o 6.5 表紙イラストなど
* 7 絵コンテ集
o 7.1 劇場用アニメーション映画
o 7.2 テレビアニメーション
* 8 幻の作品一覧
* 9 脚注
* 10 関連項目
* 11 参考文献
o 11.1 関連書籍
o 11.2 関連DVD
* 12 外部リンク

[編集] 来歴

[編集] 初期

宮﨑駿は、一族が経営する「宮﨑航空興学」の役員を務める一家の四人兄弟の二男に生まれ、太平洋戦争中であっても何不自由なく幼年時代を過ごした[1]。

子供の頃から絵が上手く、手塚治虫や杉浦茂の漫画、特に福島鉄次の絵物語『砂漠の魔王』のファンという漫画少年であったが、当時の進学校である東京都立豊多摩高等学校在学中の3年生の時に観た東映動画製作『白蛇伝』に感動し[2]、アニメーションにも関心を持つようになる。学習院大学に進学したが、当時は大学に漫画サークルが無かったため、一番近そうな児童文学サークル(児童文化研究会)に所属する。幾つかの人形劇を企画しつつ、漫画家を志して漫画を描き続けていたが、漫画かアニメーションかを悩んだ末に、アニメーションの世界へ進む事を決断する[3]。学習院大学を卒業し、アニメーターとして東映動画に入社した。

その後しばらくは東映動画で制作されていた作品に魅力を感じることが出来ず、漫画家への未練を断ち切れずにいたが、入社1年後に観たソ連製作長編アニメーション映画『雪の女王』に強い感銘を受け[4]、アニメーションを一生の仕事にしようと決意した。たちまち才能を現してメインスタッフとなると共に、結成間も無い東映動画労働組合の書記長に就任する。激しい組合活動を行いながら高畑勲・森康二・大塚康生らと共に『太陽の王子ホルスの大冒険』を作り上げ、その後も、さまざまなスタジオで優れた作品を作り続けた。1971年にはTVアニメ、ルパン三世 (TV第1シリーズ)を途中から演出の仕事を担当した。視聴率は芳しくなかったものの、宮崎はその後のルパンの基礎となる部分を作り上げた。(詳しくはルパンの項を参照)1974年にはTVアニメ、アルプスの少女ハイジで全カットの場面設定・画面構成(レイアウト)を担当。主要スタッフとして一年半番組を引っ張った。この作品は最高平均視聴率が26.9%となるなど大ヒットとなり、宮崎としても初の大きな成功であった。

[編集] 未来少年コナンからナウシカまで

1978年、『未来少年コナン』(NHK)で初演出を務める。演出という肩書きではあったが、脚本から、絵コンテ、レイアウト、原画に至るまで、あらゆる作業を自身でも行うという超人的な仕事量をこなした。持ち前の高度な作家性を発揮して、原作「残された人びと」の悲壮なイメージを大幅に改変し、オリジナルといってもよい作品を作り上げた。後に宮崎アニメと呼ばれる作品群の原点とも言える。視聴率は低調だったが、この作品に衝撃を受け、後にアニメーターとなった者も少なくない。(鳥山明もコナンのような漫画を描きたいと語っている)

その後テレコム・アニメーションフィルムに移籍し、映画『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)で監督としてデビューした。同作は業界関係者やコアなアニメファンからは熱狂的に支持されるも、SFアニメ全盛の時代という事もあり、受け入れられにくい作品であったために、興行的には前作に及ばなかった。むしろ興行的不振のために、しばらくの間映画に携われないなど不遇の時を過ごすことになった。(しかし後に、再放送されては高視聴率をあげるなど、アニメーションの金字塔的作品として高い評価を受けている。)この直後には、ルパン三世 (TV第2シリーズ)で最終回含め2話の制作に演出として携わっている。

アメリカに渡り、大塚康生や高畑勲らとともに日米合作映画『リトル・ニモ』の準備に携わったが、企画への疑問から降板。この時期、『となりのトトロ』『もののけ姫』『風の谷のナウシカ』などの原型となる企画を構想しているが実現には至らなかった。

コナンの時より宮崎に注目していた徳間書店の『アニメージュ』誌編集長・尾形英夫が、自社イベントの為の特別短編アニメーション企画を彼にもちかける。これがのちに『風の谷のナウシカ』として開花する。企画は短編の筈だったが次第に拡大していった為、「原作付き企画」のハクをつけるべく『風の谷のナウシカ』の連載が始まる。尾形の尽力によって、当時映画事業に意欲的だった徳間書店の徳間康快社長(当時)が劇場アニメーション化を決断し[5]、宮﨑の弟が勤務する博報堂がこれに乗る形でプロジェクトが結成され、1984年にアニメーション映画として製作・公開された。映画『風の谷のナウシカ』は、『ルパン三世カリオストロの城』がテレビ放映され、その面白さが広く社会に認知されたことや、エコロジー・ブームの中にあったことと相俟って大ヒットとなり、作家としての宮﨑駿が広く認知されることとなった。

[編集] スタジオジブリ発足

その後は徳間書店の出資を得て創設したスタジオジブリを舞台に、ほぼ2~3年おきに長編作品を製作している。1988年『となりのトトロ』で世代やジャンルの境界を越えて一般人から広く支持を受けた。興行的に一定の成果を果たし、また国民的映像作家としての地位を確立したのは1989年『魔女の宅急便』以降である。

1997年に公開された『もののけ姫』は、前年の徳間書店とディズニー社の業務提携によるジブリ作品の世界進出のニュースや、ジブリ史上最大の製作費、宮﨑の監督引退説などが話題になった事もあり、『E.T.』が持っていた日本の映画興行記録を塗り替える大ヒット作となった。

2001年に発表した『千と千尋の神隠し』は興行記録をさらに塗り替え、観客動員2350万人、興行収入304億円と、日本における映画史上第1位の新記録を作った。海外からの評価も非常に高く、翌年のベルリン国際映画祭では日本としては39年ぶり、アニメーションとしては史上初の金熊賞を受賞し、2003年にはアカデミー賞長編アニメーション部門作品賞を受賞した。

2004年公開の『ハウルの動く城』は、宣伝を極めて抑えた公開であったにもかかわらず公開2日目で観客動員数110万人、興行収入14億8,000万円と日本映画歴代最高のオープニングを飾り、映画史上第2位の大ヒットを記録。 さらにヴェネチア国際映画祭のオゼッラ賞、ニューヨーク映画批評家協会最優秀アニメーション賞を受賞するなど前作同様海外においても高く評価された。

2005年には、ヴェネチア国際映画祭において優れた世界的映画人に贈られる栄誉金獅子賞を受賞した。

2006年には、アメリカ映画界最高の名誉とされるアカデミー賞の選考委員に選ばれ、招待状が送付された。宮﨑はこれ以前に2度選ばれているが、創作活動に専念したいなどの理由から就任を辞退した。

2008年夏に、新作『崖の上のポニョ』の公開を予定し、現在は、その制作に取り組んでいる。

[編集] 略歴

* 1941年 1月5日東京都文京区生まれ。なお、同年生まれのアニメ監督には、りんたろう、芝山努、富野由悠季、鳥海永行がいる。杉並区立永福小学校、杉並区立大宮中学校、東京都立豊多摩高等学校卒。
* 1963年 学習院大学政治経済学部卒業。東映動画入社。なお、同年の政治経済学部卒業生には、麻生太郎(現外務相)、高島肇久(現外務省参与、元NHK解説委員長)、三枝輝行(阪神百貨店相談役)、有薗憲一(ベスト電器社長)らがいる。
* 1964年 東映動画労働組合の第2代書記長に就任。なお、初代書記長は大塚康生。
* 1965年 同僚の太田朱美と結婚。なお、式の司会は大塚康生。
* 1967年 長男(宮崎吾朗・(財)徳間記念アニメーション文化財団理事)誕生。
* 1970年 次男(宮崎敬介・木口木版画家)誕生。
* 1971年 高畑勲、小田部羊一と共にAプロダクション(現シンエイ動画)に移籍。
* 1973年 高畑勲、小田部羊一と共にズイヨー映像 (のちに日本アニメーションに改組)に移籍。
* 1978年 『未来少年コナン』で演出家に転向。
* 1979年 東京ムービーの子会社テレコム・アニメーションフィルムに移籍。
* 1980年 初監督作品『ルパン三世 カリオストロの城』が第18回大藤信郎賞を受賞。
* 1982年 1月より『アニメージュ』誌上で『風の谷のナウシカ』連載開始。11月22日、テレコム・アニメーションフィルムを退社。
* 1984年 4月、個人事務所二馬力を設立。
* 1985年 『風の谷のナウシカ』が大藤信郎賞受賞。スタジオジブリを設立。
* 1987年 『天空の城ラピュタ』が大藤信郎賞受賞。
* 1989年 『となりのトトロ』が毎日映画コンクール・日本映画大賞・大藤信郎賞、第39回芸術選奨・芸術作品賞・文部大臣賞、第12回山路ふみ子映画賞を受賞。キネマ旬報日本映画ベスト・テン第一位に選出。
* 1990年 『魔女の宅急便』が毎日映画コンクール・アニメーション映画賞を受賞。東京都民文化栄誉章を受章。
* 1993年 『紅の豚』が毎日映画コンクール・アニメーション映画賞、アヌシー国際アニメーションフェスティバル・長編部門賞を受賞。
* 1994年 『風の谷のナウシカ』が第23回日本漫画家協会賞・大賞を受賞。
* 1997年 『もののけ姫』が毎日映画コンクール日本映画大賞・大藤信郎賞、第2回アニメーション神戸・部門賞・演出部門を受賞。
* 1998年 スタジオジブリを退社し、「豚屋」を設立。『もののけ姫』が日本アカデミー賞・最優秀作品賞、第1回文化庁メディア芸術祭・アニメーション部門大賞を受賞。第26回アニー賞・生涯功労賞、山路ふみ子文化賞、淀川長治賞を受賞。
* 1999年 スタジオジブリに所長として復帰。
* 2000年 第3回司馬遼太郎賞を受賞。
* 2001年 三鷹の森ジブリ美術館を創立し、初代館主に就任。第49回菊池寛賞を受賞。
* 2002年 『千と千尋の神隠し』が毎日映画コンクール・日本映画大賞・監督賞・アニメーション映画賞、第5回文化庁メディア芸術祭・アニメーション部門大賞、第52回ベルリン国際映画祭・金熊賞、第68回ニューヨーク映画批評家協会・最優秀アニメ賞、ボストン映画批評家協会・特別賞を受賞。『くじらとり』が大藤信郎賞を受賞。朝日賞、フランス国家功労賞、パリ市勲章を受章。『Business Week』誌のStar of Asia・イノベーター部門に選出。
* 2003年 『千と千尋の神隠し』が第30回アニー賞・長編アニメ映画賞・監督賞・脚本賞・音楽賞、第75回アカデミー賞・長編アニメーション映画賞を受賞。埼玉県民栄誉賞を受賞。『TIME』誌アジア電子版の「アジアの英雄20人」に選出。
* 2004年 『ハウルの動く城』が、第61回ベネチア国際映画祭・金のオゼッラ賞、第37回シッチェス・カタロニア国際映画祭・観客賞、第16回ザグレブ国際アニメーションフェスティバル・功労賞を受賞。『ルパン三世 カリオストロの城』がキネマ旬報創刊85周年「オールタイムベスト・テン」アニメーション部門第一位に選出。12月、パリ造幣局美術館にて、初の個展となる「MIYAZAKI-MOEBIUS」展を開催。
* 2005年 徳間書店より独立した、株式会社スタジオジブリの取締役に就任。『ハウルの動く城』が第9回ハリウッド映画祭・ベストアニメーション賞、ニューヨーク映画批評家協会・最優秀アニメ賞を受賞。第62回ベネチア国際映画祭・栄誉金獅子賞、国際交流基金賞を受賞。『TIME』誌の「世界で最も影響力のある100人」に選出。
* 2006年 日本テレビ2階・マイスタ外壁に設置される巨大時計のデザインを手掛ける。『TIME』誌アジア版の「60年間のアジアの英雄」に選出。
* 2007年『ハウルの動く城』がアメリカSFファンタジー作家協会 (SFWA) ・ネビュラ賞(脚本部門)を受賞。

[編集] 作風

子供の視点
一貫してファンタジーを作り続けている。これについて、「厳しい現実世界からの、子供の一時の逃げ場が必要だ」という趣旨の発言をしている[6]。児童文学を愛読し、「アニメーションは基本的に子供の物」と公言し、その作品はほぼ一貫して子供の視点に立ち、悪役を大人にすることが多い。ただし、多くの作品は単純明快な勧善懲悪ものではなく、「悪役」もまた、重層的で複雑なキャラクターであることが多い。また、主人公が少女であることが多く、この理由は同性であると対象化しきれず、元気な女の子の方がやる気が出るからと話す。
脚本なしでの制作
制作の準備段階でイメージボードを大量に描いて作品の構想を練り、脚本なしで絵コンテと同時進行で作品を制作していくという手法で知られる。これは、周囲から「アニメーション界のレオナルド・ダ・ヴィンチ」「制作要らずの宮さん」と呼ばれる程の超人的制作管理能力を持つ宮﨑にして初めて可能な手法である。ただし、まったくの白紙の状態から絵コンテを描くわけではなく、ノートにストーリーの構成やアイディアを書いている。本人によれば、「一日中文字を書いていることもある」ということである。また、作品では空を舞うシーンが描かれることが多く、監督本人も意識している。
戦史・軍事マニア
戦史・軍事マニアとして知られ、第二次世界大戦から前の甲冑・鎧兜や兵器・AFVに造詣が深い。作中で登場する兵器や乗り物にはその知識が十全に活かされている。この方面の趣味が発揮されている作品としては『月刊モデルグラフィックス』誌の『宮崎駿の雑想ノート』という虚実織り交ぜた架空戦記物の超不定期連載マンガがある(途中からタイトルは『妄想ノート』に変更され、現在は中断)。
声優の起用
『紅の豚』以降は本業としての声優をほとんど起用せず[7]、俳優、女優を起用する事が多い。この点に関して一部の非声優の演技力等について否定的な意見がある。もっとも、近年の俳優、タレント起用に関しては、宮﨑以外のジブリ作品も同様であり、製作の鈴木敏夫の意向が強いとされている。ただ宮崎本人も、海外メディアとのインタビューの中で「我々が欲しいのはコケティッシュな声ではない」という旨を述べている。[1][2]
作品名の共通点
監督を担当した長編アニメーション映画の作品名には、どれも平仮名の「の」が含まれているのが特徴。
手塚治虫の評価
1988年手塚治虫が亡くなった時、漫画では自分も影響を受けた、と全面的に肯定した上で、アニメーションに携わる人間の立場から、アニメーション作家としての手塚が日本のアニメーション史に果たした役割に痛烈な批判を加えた[8]。特にテレビアニメーション草創期に、手塚が市場優位性を確立させるため、鉄腕アトムなどの自社(虫プロダクション)制作番組を原価を割り込むほどの低価格で売り込んだことが、現在に至るまで日本のアニメーション製作費が極めて低く抑えられる要因となったとして舌鋒鋭く批判した。東映入社以来、映画アニメに携わっていた宮崎も低賃金、非人間的労働が当然のTVアニメの方に回され、そこから映画アニメ専門の世界に移るまでには長い期間を要した。また、「しずく」などの手塚アニメーション作品そのものに対しても辛口の批判をしたことがある。
日本のアニメーション界への危機感
2002年のベルリン映画祭金熊賞受賞の際の記者会見のインタビューで「今の日本のアニメーションはどん詰まり」などと語った。1985年2月号のアニメ雑誌「アニメージュ」の押井守、河森正治との対談で「どんづまり」、1986年『天空の城ラピュタ』製作中に行ったアニメーション雑誌記者との会見[9]でも「崖っぷち」と表現するなど、以前から、短時間・低予算で量産される日本のアニメーションに対して、危機感を抱き続けており、スタジオジブリのスタジオ運営では月給制を取っていたこともあった。イギリスのBBCなど日本国内外の様々なメディアで伝えられ、日本国内のみならず海外のアニメーションファンを含めて様々な反響があった[10]。なお、西島克彦が「アニメージュ」に載せた『プロジェクトA子』のコメントを取り上げて、「セーラー服が機関銃撃って走り回っているアニメーションを作っていちゃダメなんです」と発言したのは、上記のうち1986年の会見でのことである。

[編集] 政治的・思想的スタンス
独自研究 この記事や節には『独自研究』に基づいた記述が含まれているおそれがあります。Wikipedia:独自研究は載せないを確認の上、情報、解釈、評価、分析、総合の根拠となる出典を示してください(テンプレート)。

反戦
一貫して反戦を、『風の谷のナウシカ』以降は環境保全を主題とした作品を作り続け、湾岸戦争に対しては米国政府の方針に反対の立場を表明していた。
思想的転向
大学時代から社会主義思想に傾倒するようになり、東映動画入社後は激しい組合活動を行った。その後も長らく左翼的思想を保ちつづけていたが、1989年の天安門事件および東欧革命に大きな衝撃を受け、社会主義陣営の歴史的敗北という現実を前に、思想的転向を余儀なくされた。[要出典]
思想的転向はないという見方
宮崎の社会主義思想は未来少年コナンにみられるように国家的組織による強権的な社会主義には批判的であり(作中に登場するインダストリアのイメージは大理石の男のレーニン造船所を彷彿とさせる)、汗を流した労働を尊ぶという描写は初期の頃から現在まで一貫している。明るい陽気な共同体生活の描写はユートピア社会主義、強権的社会主義体制への批判は南欧発祥のユーロコミュニズムに近い。また近年アメリカでの公演に於いて毛沢東語録から言葉を引用したりもしている。
宮﨑の強権的「国家」に対する批判的姿勢は、作家の堀田善衛や司馬遼太郎らとの交流から、人間の実相を「もっと長いスタンスで、もっと遠くを見る」ように凝視する(宮﨑が"澄んだニヒリズム"と呼ぶところの)姿勢に転換していく。例えば漫画版『風の谷のナウシカ』のラストなどに、その人間観・世界観の変化の影響が見受けられる。
中尾佐助の思想
宮﨑に深く影響を与えた思想に、植物学者中尾佐助による「照葉樹林文化論」がある。ヒマラヤ山脈南麓から中国南部・日本本州南半分までを含む地域が、茶・酒・柑橘類などの特色をもつ共通の農耕文化圏に含まれるとするこの学説に、国家の枠を乗り越える視点を与えられ、「呪縛からの解放」感を味わったという。この影響は特に「もののけ姫」に強く表れており、その後も宮﨑はインタビュー・対談など事ある毎に中尾佐助を引き合いに出している。
政治的リアリスト
最近では、問題になった新しい歴史教科書をつくる会の教科書を、「民族の『誇り』は、歴史を歪曲することで得られるものではない」と語ったことがある。一方で宮﨑は、司馬遼太郎や堀田善衛との鼎談で、日本の被害国にもナショナリズムの行き過ぎが見られると批判しており、コスモポリタン的な立場で各国の偏狭なナショナリズムを批判しているという主張もある。また、宮﨑は憲法改定に関して9条の支持を表明しているが、同時に、もし国民が9条改定を選択したならそれを尊重するといった趣旨の発言もしており、政治的リアリストとしての一面も持っている。

もののけ姫における歴史観
もののけ姫には、従来の日本の中世史ではあまり語られてこなかった、たたら(鑪・鈩)製鉄技術者集団、馬子運送業者、らい病患者が登場し、女性が産業を担い発言権を持っている描写や、「天朝さまとはなんぞや。」とうそぶく女性を登場させるなど、網野善彦の中世史観の影響が強く窺える。もっとも、いわゆる「網野史観」に全面的に依拠しているわけではなく、大規模な定着化した踏鞴場の描写など、技術者集団等の非定着性に注目した網野と対立する観点も散見される。

[編集] 作品

[編集] 監督作品

[編集] 長編アニメーション映画

* 1979年 ルパン三世 カリオストロの城(脚本)
* 1984年 風の谷のナウシカ(原作・脚本)
* 1986年 天空の城ラピュタ(原作・脚本)
* 1988年 となりのトトロ(原作・脚本)
* 1989年 魔女の宅急便(脚本・プロデューサー)
* 1992年 紅の豚(原作・脚本)
* 1997年 もののけ姫(原作・脚本)
* 2001年 千と千尋の神隠し(原作・脚本)
* 2004年 ハウルの動く城(脚本)
* 2008年 崖の上のポニョ(原作・脚本)

[編集] 短編アニメーション映画

* 1995年 On Your Mark~ジブリ実験劇場(原作・脚本)
* 2001年 フィルムぐるぐる(絵コンテ)
* 2001年 くじらとり(脚本)
* 2002年 コロの大さんぽ(原作・脚本)
* 2002年 めいとこねこバス(原作・脚本・トトロ役)
* 2002年 空想の空飛ぶ機械達(原作・脚本・ナレーション)
* 2006年 水グモもんもん(原作・脚本)
* 2006年 星をかった日(脚本)
* 2006年 やどさがし(原作・脚本)

[編集] テレビアニメーション

* 1971年 ルパン三世 (TV第1シリーズ)(第4話以降のAプロ演出グループ名義のモノ)
* 1978年 未来少年コナン
* 1980年 ルパン三世 (TV第2シリーズ)
o 第145話「死の翼アルバトロス」(照樹務名義)
o 第155話「さらば愛しきルパンよ」(照樹務名義)
* 1985年 名探偵ホームズ
o 第3話「小さなマーサの大事件!?」
o 第4話「ミセス・ハドソン人質事件」
o 第5話「青い紅玉」
o 第9話「海底の財宝」
o 第10話「ドーバー海峡の大空中戦!」
o 第11話「ねらわれた巨大貯金箱」

[編集] 参加作品

[編集] 劇場用アニメーション映画

* 1965年 ガリバーの宇宙旅行(動画・原画)
* 1968年 太陽の王子ホルスの大冒険 (場面設計・原画)
* 1969年 長靴をはいた猫(原画)
* 1969年 空飛ぶゆうれい船(原画)
* 1971年 どうぶつ宝島(アイデア構成・原画)
* 1972年 パンダコパンダ(原案・脚本・場面設定・原画)
* 1973年 パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻(脚本・美術設定・画面構成・原画)
* 1977年 草原の子テングリ(画面レイアウト(部分))(ノンクレジット)
* 1991年 おもひでぽろぽろ(製作プロデューサー)
* 1994年 平成狸合戦ぽんぽこ(企画)
* 1995年 耳をすませば(脚本・絵コンテ・制作プロデューサー。一部演出も)
* 2002年 猫の恩返し(企画)
* 2006年 ゲド戦記(原案)

[編集] テレビアニメーション

* 1969年 ひみつのアッコちゃん(原画)
* 1972年 赤胴鈴之助(26、27、41話の絵コンテ)
* 1973年 侍ジャイアンツ(原画)
* 1974年 アルプスの少女ハイジ(場面設定・画面構成)
* 1976年 母を訪ねて三千里(場面設定・画面構成)
* 1977年 あらいぐまラスカル(原画)
* 1979年 赤毛のアン(場面設定・画面構成)(1~15話まで)

[編集] その他の作品

[編集] 漫画・絵物語など

* 長靴をはいた猫
* 砂漠の民(秋津三朗名義)
* どうぶつ宝島
* 妹へ(「宮﨑駿・大塚康生の世界」に収録)
* 風の谷のナウシカ(全七巻)
* 宮﨑駿イメージボード集
* シュナの旅
* 「風の谷のナウシカ」-宮﨑駿水彩画集
* 宮﨑駿の雑想ノート
* 飛行艇時代
* 泥まみれの虎 宮﨑駿の妄想ノート
* ハンスの帰還
* (ロバート・ウェストール・作、宮﨑駿・編、金原瑞人・訳)『ブラッカムの爆撃機』 (児童書) 岩波書店 2006年10月 ISBN 4-00-024632-1
o 「ブラッカムの爆撃機」「チャス・マッギルの幽霊」「ぼくを作ったもの」の3編を収録に加えて、宮﨑の描き下ろしで「ウェストール幻想 タインマスへの旅 前・後編」(コマ漫画、カラー24頁分)を併録。

[編集] デザインワーク

* TVCM『日立マクセル・ニューゴールド・ビデオテープ』の「ワンダーシップ号」
* TVCM『日立パソコンH2』の「ポシェット竜」
* 実写映画『赤いカラスと幽霊船』の幽霊船
* 日本テレビ放送網のシンボルキャラクター「なんだろう」
* 神奈川県「かながわ・ゆめ国体」のマスコットキャラクター「かなべえ」
* 三鷹の森ジブリ美術館
* 三鷹市のみたかモールのマスコットキャラクター「POKI」
* 江戸東京たてもの園のシンボルキャラクター「えどまる」
* 読売新聞のシンボルキャラクター「どれどれ」
* 中日ドラゴンズ公式ファンクラブのマスコットキャラクター「ガブリ」
o 1991年、映画宣伝用に自主的に作ったキャラクターを、球団創設70年にあたる2006年、ファンクラブ設立にあたり起用したもの。熱心な中日ファンとして知られるスタジオジブリ社長・鈴木敏夫の橋渡しによって採用されることとなった。
* 日本テレビ社屋外壁の大からくり時計「日テレ大時計」
* 広島県福山市鞆町の「竜馬の宿」

[編集] 作詞

* 『君をのせて』(『天空の城ラピュタ』挿入歌)
* 『風のとおり道』(『となりのトトロ』挿入歌)
* 『となりのトトロ』(『となりのトトロ』エンディング)
* 『カントリー・ロード』(日本語訳詞の補作)(『耳をすませば』エンディング)
* 『バロンのうた』(『耳をすませば』イメージアルバム より)
* 『もののけ姫』(『もののけ姫』主題歌)
* 『千と千尋の神隠し』イメージアルバム
o 『神々さま』
o 『油屋』
o 『さみしい さみしい』
o 『白い竜』
* 『お母さんの写真』(CMソング)
* 『崖の上のポニョ』イメージアルバム
o 『崖の上のポニョ』(補作詞)(『崖の上のポニョ』主題歌)
o 『いもうと達』
o 『ポニョの子守唄』
o 『ひまわりの家の輪舞曲』

[編集] 著書(対談・インタビューなど)

* 『何が映画か―「七人の侍」と「まあだだよ」をめぐって』(黒澤明との対談集)
* 『時代の風音』(司馬遼太郎、堀田善衛との鼎談集)
* 『トトロの住む家』(画文集)
* 『出発点 1979~1996』(エッセイ・発言集)
* 『虫眼とアニ眼』(養老孟司との対談集)
* 『風の帰る場所―ナウシカから千尋までの軌跡』(渋谷陽一によるインタビュー集)
* 『時には昔の話を』(加藤登紀子との共著、絵本、対談)
* 『教育について』(共著、インタビュー集)

[編集] 表紙イラストなど

* 『惑星カレスの魔女』(ジェイムズ・ヘンリー・シュミッツ著、新潮社、東京創元社)
* 『夜間飛行』(アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ著、新潮社)
* 『人間の土地』(アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ著、新潮社)
* 『チェスタトンの1984年/新ナポレオン奇譚』(ギルバート・ケイス・チェスタートン著、春秋社)

[編集] 絵コンテ集

[編集] 劇場用アニメーション映画

* パンダコパンダ/パンダコパンダ雨降りサーカスの巻 スタジオジブリ絵コンテ全集第II期 (徳間書店)
* ルパン三世カリオストロの城 スタジオジブリ絵コンテ全集第II期 (徳間書店)
* 風の谷のナウシカ スタジオジブリ絵コンテ全集1(徳間書店)
* 天空の城ラピュタ スタジオジブリ絵コンテ全集2(徳間書店)
* となりのトトロ スタジオジブリ絵コンテ全集3 (徳間書店)
* 魔女の宅急便 スタジオジブリ絵コンテ全集5(徳間書店)
* 紅の豚 スタジオジブリ絵コンテ全集7(徳間書店)
* 耳をすませば スタジオジブリ絵コンテ全集10(徳間書店)
* もののけ姫 スタジオジブリ絵コンテ全集11(徳間書店)
* 千と千尋の神隠し スタジオジブリ絵コンテ全集13(徳間書店)
* ハウルの動く城 スタジオジブリ絵コンテ全集14(徳間書店)

[編集] テレビアニメーション

* ルパン三世 死の翼アルバトロス/さらば愛しきルパンよ スタジオジブリ絵コンテ全集第II期 (徳間書店)
* 名探偵ホームズ 小さなマーサの大事件!?/ミセス・ハドソン人質事件/青い紅玉 スタジオジブリ絵コンテ全集第II期 (徳間書店)
* 名探偵ホームズ 海底の財宝/ドーバー海峡の大空中戦!/ねらわれた巨大貯金箱 スタジオジブリ絵コンテ全集第II期 (徳間書店)

[編集] 幻の作品一覧

宮﨑駿が関与・企画・構想するも諸般の事情で幻に終わった、もしくは実現していない作品のリスト。なお、いくつかのタイトルは便宜上付けられた仮題である。

* 長くつ下のピッピ(1971年ころ、アストリッド・リンドグレーン原作の児童文学作品、宮崎らAプロダクションのスタッフたちはスウェーデンまでロケハンに行ったが原作者から映画化の承諾を得られなかった。そのイメージは後に『パンダコパンダ』や『魔女の宅急便」で活かされている。)
* ユキの太陽(ちばてつやの漫画。パイロットフィルムのみ製作された。)
* もののけ姫(1980年ころ、『美女と野獣』&戦国時代をモチーフとしているが、1997年に映画化された『もののけ姫』とは題名が共通なだけで、物語もデザインも全く異なる作品である。イメージボードは1993年にスタジオジブリ(後に徳間書店)から大型絵本として出版されている。)
* ロルフ(1981年ころ、リチャード・コーベン原作のアングラコミック。イメージボードが作成されている。舞台設定やデザインは『風の谷のナウシカ』の原型とも言える作品。)
* 戦国魔城(1981年ころ。日本の戦国時代を舞台にしたSFオリジナル作品。イメージボードが作成されている。ここでナウシカやラピュタへ繋がる設定が多く生み出された。)
* NEMO(1981-1982年、ウィンザー・マッケイ原作の『リトル・ニモ』の企画にテレコム・アニメーションフィルムのスタッフとして当初からかかわって大量のイメージボードを作成していたが、制作発表前に降板して退社。フリーになっている。映画自体は1989年に公開されている。)
* 風の谷の一日(1983年ころ、ナウシカの幼年時代を、風の谷の日常を通して描くというもの。徳間書店の「アニメグランプリ」イベント用に宮崎が提案したが、最終的に映画化されることになる)
* アンカー(1980年代半ば、夢枕獏との対談で宮崎が提案した。『ラピュタ』完成後、原作夢枕、脚本宮崎、監督押井守、プロデューサー高畑勲で検討されるが、企画段階で中止される。宮崎の構想は、お姫様のような不思議な女の子が何者かに追われて、偶然に出会った男の子がその子を逃がすためにある場所まで送り届けると、また違う人間が別の場所まで送り届けるという恋愛要素を含んだ冒険もの。舞台は当時の東京。しかし、宮崎と押井の意見が対立し、全く話にならず企画は消滅した。「押井守の世界 2008年2月16日」より。)
* 突撃!アイアンポーク(1985年ころ、「宮崎駿の雑想ノート」から派生したOVA作品の企画で、これも監督に押井守が予定されていた。)
* 大東京物語(ふくやまけいこの漫画。後に現代には合わないと判断している。)
* 墨攻(古代中国が舞台の酒見賢一原作の歴史小説。構想では、包囲された都市をある指導者が守っていくというもの。押井守の監督で検討されたが宮崎と話が食い違い、消滅する。)
* 東京汚穢合戦(宮﨑が1997年、NHK番組『トップランナー』に出演した時に語ったもの。)
* ゴチャガチャ通りのリナ(柏葉幸子原作の児童文学『霧のむこうのふしぎな町』)
* 煙突描きのリン(震災後の東京を舞台に、大阪からやってきたリンが風呂屋に住み込み、煙突に絵を描くという話。三鷹の森ジブリ美術館でそのプロットが見られる。この物語のために作られた木村弓の『いつも何度でも』が、後に『千と千尋の神隠し』の主題歌となった。)
* 毛虫のボロ(長年宮崎が温めてきた「虫の視点から世界はどう見えるか」という企画。「もののけ姫」の前にボツになったが、後に『水グモもんもん』として実現した。)
* 旅のラゴス(筒井康隆原作のSFファンタジー小説)
* ジョナサンと宇宙クジラ(ロバート・F・ヤングのSF小説)

千と千尋の神隠し



『千と千尋の神隠し』(せんとちひろのかみかくし)は、宮崎駿監督によるスタジオジブリの長編アニメーション映画である。2001年7月20日日本公開


あらすじ

小学4年生10歳の少女、荻野千尋(おぎの ちひろ)はごく普通の女の子。夏のある日、両親と千尋は引越し先の町に向かう途中で森の中に迷い込み、そこで奇妙なトンネルの入り口を見つける。入り口を見て嫌な予感がした千尋は両親に「帰ろう」と縋るが、両親は好奇心からトンネルの中へと足を進めてしまった。仕方なく後を追いかける千尋。

出口を出た先に広がっていたのは、広大な草原の丘だった。地平線の向こうには冷たい青空が広がり、地面には日本の古い家が埋まっていて瓦屋根が並んでいる。先へ進むと、誰もいないひっそりとした町があり、そこには食欲をそそる匂いが漂っていた。匂いをたどり両親は店を見つけ、そこに並ぶ見たこともない料理を食べ始めてしまう。すると両親はそれらの料理が神々の食物であったために呪いを掛けられ豚になってしまい、一人残された千尋はこの世界で出会った謎の少年ハクの助けで、両親を助けだそうと決心する。

千尋は八百万の神々が集う湯屋・「油屋」の経営者、湯婆婆に雇用を願い出る。すると湯婆婆は千尋の名前を奪い、「千」という新しい名を与えた。千尋は油屋の下働きとして働きながら、様々な出来事に遭遇しつつも、ハクや同僚のリン、釜爺らの助けを借りて、懸命に立ち向かい成長していく。

この作品は芸術性において宮崎駿の才能が最高潮に達した作品のひとつであるともいえる。

[編集] 登場人物

荻野千尋 (おぎの ちひろ) / 千 (せん)
主人公。小学4年生で10歳の平凡な少女。神の食物に手を付け、豚にされてしまった両親を人間に戻し、元の世界に帰るために湯屋で働くことになる。以前は家の手伝いなどしたことも無いため家事の手際は悪く、我侭ですぐにむくれる、そのくせ一人になると不安になって何をしていいかも迷う性格だったが、不思議な町での体験を通して、逞しく成長する。
ハク
湯屋で働いている謎の少年。湯屋の帳場を預かっており、湯婆婆の弟子でもある。作中初めて千尋と会った時から何かと彼女の力になってくれた恩人で、千尋を小さい頃から知っていたという。千尋と人間の世界での何らかの繋がりがあったことを仄めかしていたが、実は千尋が以前住んでいた家の側を流れていた小川を司る神だったことが明かされる。その正体は人間ではなく、白い龍に変身することが出来る。本名『ニギハヤミコハクヌシ(饒速水琥珀主)』。
湯婆婆 (ゆばーば)
湯屋「油屋」の経営者で正体不明の老魔女。大柄だが顔も大きく二頭身で、強力な魔力と強欲で湯屋を切り盛りしている。何でもずけずけと口やかましく、脅かしたり怒鳴り散らしたりと部下をアゴでこき使うが、客に対しては腰が低く、また巨大赤ん坊の「坊」を溺愛している。人間の世界から迷い込んできた千尋を湯屋に勤めさせ、名前を奪って「千」と呼ぶ。湯バードというカラスを従えている。千尋に湯屋を辞める条件として、10頭の豚の中から両親を探す、という試験を出すが、千尋が見事に合格したため、しぶしぶ湯屋を出る許可を出す。
釜爺 (かまじい)
湯屋「油屋」の釜場でボイラーを担当している老人。クモのような姿で、6本の手を自在に操り、「油屋」で使われる湯を沸かし、薬湯の薬を調合する仕事をしている。ちなみに顔は「ラピュタ」のじっちゃんとそっくりである。千尋を気遣い、リンに湯婆婆の所へ連れてくように言う。最初に千尋と会った時は「ただの人間」が迷い込んできたことに流石に驚いたようだったが、すぐに協力してくれるようになった。部下に石炭を運ぶススワタリがいる。
銭婆婆 (ぜにーば)
湯婆婆の双子の姉。姿形はそっくりだが、以前から湯婆婆とは確執がある。強力な魔力を持つほか、言葉使いなどは湯婆婆と同じだが性格が違い、箒など無生物に魔力を吹き込んで使役しながら穏やかな暮らしをしている。今は“沼の底”という寂しい片田舎で一人暮らしをしている。坊と湯バードをネズミ、ハエドリに変える等もしている。基本的に魔法を多用するより、手作業を好んでいるようである。
カオナシ(仮面男)
姿は黒い物体にお面をつけたような存在。か細い声を搾り出すだけで言葉は話せず表情も無い。人間の世界でもなく、湯屋がある世界でもない、また別の世界からやってきたらしい謎の存在。己を持たず、手からどんなものでも出す力を持つが、それはただの土くれが化けているものに過ぎない。また、他人を呑み込んでその声を借りてでしかコミュニケーションが取れない。主に、手から金などの人の欲しがるものを出し、それを欲した瞬間にその人を飲み込んでしまうのが手口。橋の欄干で千尋を見かけた時から執拗に彼女を求めるようになる。その正体は人間の心に潜む孤独や寂しさの神らしい。そのパワーは強大で、湯婆婆の魔法すらはじいてしまう。飲み込みすぎたせいで巨大化するが、千尋に薬を飲まされたことで、飲み込んだものを全て吐き出し、元のサイズに戻る。その後、千尋について銭婆婆の所に行き、そのまま銭婆婆の所に留まることになる。

フィルム・コミック千と千尋の神隠し2には「仮面男」とカオナシの事は書かれている。

リン
湯屋で働いている娘。年齢は14歳。その素性も過去の経歴も、なぜ不思議な世界に迷い込んで湯屋で働くようになったのかも、一切語られておらず、不明である。口調は荒っぽいが性格はサッパリとしており、湯屋の先輩として千尋に色々と仕事を教えて面倒を見るという優しさも見せる。イモリの黒焼きが大好き。

湯婆婆の子。赤い腹掛けをした巨大な赤ちゃん。父親は不明。金太郎のような姿で、性格はわがまま。ぐずると泣き声だけで部屋中を破壊するほどで、癇癪を起こすと訳も分からず暴れてしまう。歯は生えている。湯婆婆の偏執的な愛情の元で育つが、彼女の所為で外に出ることを異常なまでに恐れていた。千尋と出会い、初めて外界の空気を吸ったことにより、性格的に一回り成長する。
荻野明夫 (おぎの あきお)
千尋の父親。38歳。建築会社に勤めるサラリーマンで、それなりの役職であることが持ち物や愛車(アウディ)からしのばれる。目元のあたりが娘の千尋によく似ている。性格は非常に豪快で楽天的、くわえてワンマンで人の意見を聞かず、反面子供っぽい意地っ張りなところも。引っ越しの時も道をよく確認しないままどんどん進んでしまい、いつの間にか不思議の町に迷い込んでも面白がって進み続ける。そして、町のレストランに迷い込んだ時、勝手に食事に手をつけてしまい豚の姿に変えられてしまう。
荻野悠子 (おぎの ゆうこ)
千尋の母親。35歳。スタイルも整った美人だが少し派手め。性格は快活明朗で社交的なようだが、やや子供っぽい夫を微妙に尻に敷いている所もある。不思議の町に迷い込んだ時、勝手に食事に手をつけてしまい、夫と一緒に豚の姿に変えられてしまう。
父役、兄役、番台蛙
それぞれ油屋で働く者達と湯婆婆との間の中間管理職的役割を担っている。いずれも蛙の化身。それぞれ典型的な上に諂い下に威張るキャラクターとして描かれている。下の者を見下す傾向があり、特に人間を毛嫌いしている。ゆえに千尋に対しては部下だから仕方なく接しているところもある。
青蛙
湯屋で下働きの仕事をしているカエル。金に目がないが、憎めない性格。
※蛙(男衆)と蛞蝓(女衆)と蛇は三すくみの関係にある。
神々
油屋へ来る神々は、日本固有の八百万の神という考え方に則り、様々な形体をしている。作中でも大根(おしら様)や春日大社の面(春日様)、魚介類、牛鬼、川、タマゴのまま生まれてこられなかったひよこ(オオトリ様)、なまはげ(おなま様)等々の神をイメージし、擬人化のような形でデザインされている。
ススワタリ(まっくろくろすけ)
イガ栗のような形をした黒い実体。ジブリ作品『となりのトトロ』にも登場する。が、こちらには足が生えている。魔法の力で煤から生まれたらしく、常に働いていないと死んでしまうが、潰れて煤に戻ってもいつのまにか煤から生まれてくるらしい。石炭を抱えて運び、炉に放り込むのが仕事。

[編集] 舞台
商店街のモデルになった九份の町並み
商店街のモデルになった九份の町並み

湯婆婆が経営する、八百万の神が体を休める温泉旅館である。油屋としての施設はボイラーやエレベーターなど、近代的な施設が極彩色の純日本的な建築とミックスされたデザインとなっている。最下層にボイラー機械室、その上に従業員用のスペースがあり、湯婆婆とハク、釜爺以外の従業員達はそこで寝泊りする。ここまでは神々の出入りする正面からは見えない地下と地上階の崖側に配置されており、油屋正面とそれらの上階が油屋の営業スペースとなっている。中に大きな吹き抜けがあり、下には様々な種類の風呂が配置され、その上を取り囲むように宴会場や客室が配置されている。さらにそれらの上には湯婆婆の個人宅がありその部分だけ洋風の建築様式となっている。

千尋たちが最初に迷い込んだ時計台のような建物から暫くはいくつかの廃墟のあるなだらかな丘が続くが、その後小川(河)を渡ったあたりから湯屋に付随する食堂街となる。その河は昼には小川であるが、夜になり神々が訪れる時間となると船が行き交う巨大な河となる。食堂街を抜けると橋があり湯屋の正面入り口へと繋がる。食堂街の周りに養豚場や冷凍室、花園などが配置され町全体で油屋と食堂を運営するようになっている。ちょうど河の反対側は絶壁となっており、その下は広大な平原が広がっていて雨が降ると海になる。油屋だけで独立した絶壁の上に聳えるように建っており、レストラン街や養豚場等の周辺施設は別の崖の上に配置されている。また、油屋ともう一つの崖とは橋で繋がっており、橋の下を海原電鉄が走っている。単線の一方通行で逆向きには列車が走っておらず、専ら行きっぱなしである。

[編集] モデルとなった場所

油屋は「色々な温泉が入っていて特定のモデルはない」とされていて、道後温泉本館や渋温泉金具屋、湯原温泉油屋、江戸東京たてもの園の建物を参考に描かれている。油屋の名前は日本の各地にある普遍的な屋号であるが、一番信憑性が高いのは出雲国安来湊にあった油屋宗右衛門の屋敷ということである。スタジオジブリの作品には高畑勲の故郷の店の名や伝説が時々登場する。これもその一つである。また、一部では兵庫県高砂市高砂町に現存する歴史的雰囲気を濃厚に残し、今なお薪で焚く銭湯梅ヶ枝湯も作品に登場する湯屋によく似ているとして話題を集めている。町並みや建物などの全体的な雰囲気は台湾の九份をモチーフにしたといわれている。日本で出版されている台湾旅行ガイドブックなどで『千と千尋の神隠しのモデルの街』として広く紹介されているため、本作品を観て九份を訪れるファンも多い。食堂で千尋の両親が食べた料理にも台湾料理の影響を見ることができる。

以上で物語・作品に関する核心部分の記述は終わりです。

[編集] DVDの「赤い映像」問題

日本で発売された『千と千尋の神隠し』のDVDや、ビデオカセットに収録されている本編映像が、劇場公開版や予告編・TVスポットなどと比べて赤味が強いとして、スタジオジブリと発売元のブエナビスタや消費者センターに苦情が寄せられた。

両社は、DVD制作時に用意されたマスターの色調は意図的な調整を施したことによるものであり、「このクオリティが最高のものと認識しております」と説明した。映画上映時のTVCMや上映用プリントやDVDに収録された予告編、TVスポットなど極めて正常の色合いであり、この調整は施されておらず、比較すると明らかに赤みが異なる。つまり、DVD製作時に意図的にこの赤み改編が行われたことになる。

この問題で一部ユーザーは販売元のウォルト・ディズニー・ジャパンを相手取り、京都地方裁判所裁判に訴えたが、不良品とは認められず返品や交換には至らなかった。その後北米、ヨーロッパ、韓国で発売されたDVDには、赤味の強くない映像が収録され、販売されている(台湾のDVDは日本と同様)。

日本テレビでの2003年1月24日の放映には、DVDと同様の赤味が強いマスターが使用された(その再放送も)。世界で日本と台湾においてのみ、不自然な色調に調整された作品を見なければならないという皮肉な状況に陥っており、いまもなおこの色調のDVDが生産され続けている。

この「不自然な色調」については、後の複数の検証によりDVDマスター製作過程における色温度設定の錯誤とする説が有力となっており、機器環境があれば、これに基づいてある程度は色調補正が可能である。

ちなみに、本アニメはDVD版222万本、VHS版160万本以上の売上を記録している(オリコン調べ)。売上本数、裁判結果からも交換というのは現実的ではないが、色調を再調整したリマスター版の発売など、何らかの形での解決策が望まれる。なお、この本編映像はソニーPCLにて、スタジオジブリ撮影監督と技術者の協力のもとで作成されたものである。ブルーレイディスクで発売される際に修正版が発売されるかについては不明である。

[編集] キャッチコピー

* トンネルのむこうは、不思議の町でした。(糸井重里)
* お客様は神様です。(三波春夫の名言。TVCMや新聞広告などで使用された)
* みんなの中にカオナシがいる。(宮崎駿)

[編集] スタッフ

* 原作・脚本・監督:宮崎駿
* 作画監督:安藤雅司、高坂希太郎、賀川愛
* 美術監督:武重洋二
* 撮影監督:奥井敦
* 音楽:久石譲
* 制作:スタジオジブリ
* 配給:東宝

[編集] 主題歌

「いつも何度でも」
作詞:覚和歌子/作曲:木村弓
歌:木村弓

[編集] 声の出演

* 荻野千尋:柊瑠美
* ハク:入野自由
* 湯婆婆/銭婆:夏木マリ
* 釜爺:菅原文太
* カオナシ:中村彰男
* リン:玉井夕海
* 坊:神木隆之介
* 荻野明夫:内藤剛志
* 荻野悠子:沢口靖子
* 父役:上條恒彦
* 兄役:小野武彦
* 青蛙:我修院達也
* 番台蛙:大泉洋
* 河の神:はやし・こば
* 役不明:斎藤志郎、山本道子、塚本景子、中村彰男、山像かおり、山本郁子、鬼頭典子、安田顕、戸次重幸、佐古真弓、山田里奈、奥真紀子ほか

[編集] 英語版

ピクサーのジョン・ラセターが製作総指揮をてがけ、4人の翻訳家が英語版台本を作成した。役名の判明しているキャストのみ記す。

* 荻野千尋:デイヴィー・チェイス
* ハク:ジェイソン・マースデン
* 湯婆婆/銭婆:スザンヌ・プレシェット
* 釜爺:デヴィッド・オグデン・スティアーズ
* カオナシ/番台蛙:ボブ・バーゲン
* リン:スーザン・イーガン
* 坊:タラ・ストロング
* 荻野明夫:マイケル・チクリス
* 荻野悠子:ローレン・ホリー
* 青蛙:ジョン・ラッツェンバーガー

[編集] 興行と賞歴

興行収入304億円という、日本国内の映画興行成績における歴代トップの記録を打ち立て、2007年現在も『千と千尋の神隠し』(1位)・『ハウルの動く城』(2位・196億円)・『もののけ姫』(3位・192億円)と、トップの座を維持している。

ベルリン国際映画祭において、他の実写作品を押しのけ、アニメーションとしては史上初の最高賞である金熊賞を受賞。その他アカデミー賞をはじめ日本国内外の多くの賞の栄冠に輝いた。2003年1月24日には日本テレビ系でテレビ初放送され、46.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)という過去にテレビ放送された劇場映画の最高視聴率を記録した(映画の歴代視聴率1位でもある)。主題歌「いつも何度でも」のシングルCDは60万枚を売り上げ、サントラ盤も50万枚を売り上げた。

尚、アメリカではアカデミー賞を受賞し大規模な広告キャンペーンが行われたのものの、興行収入1,000万ドル(『もののけ姫』の約4.2倍、同時期のディズニーアニメの30分の1以下)といういまひとつの結果となった。これはキリスト教の文化的背景に生まれ育った観客には、「八百万の神々」という概念が理解しにくいためと思われる。また、明瞭に一貫したストーリーを持たず、様々な出来事がいくつも起きて大団円を迎えるという展開が分かり難かったとも考えられる。ちなみに、日本以外の国での題名は、

* 『Chihiros Reise ins Zauberland』(ドイツ語)直訳:「千尋の魔法の国の旅」
* 『Spirited Away』(英語)直訳:「精霊による消失」

八百万の神々を「Spirit=精霊」とし隠れるを「Away=なくなる、消失」として「神隠し」を表す。

* 『El viaje de Chihiro』(スペイン語)直訳:「千尋の旅」
* 『Le Voyage de Chihiro』(フランス語)直訳:「千尋の旅」
* 『La città incantata』(イタリア語)直訳:「不思議の町」

と各国とも日本独特の物である神隠しという世界観・用語を伝えることに苦労し、あるいはタイトルで言及しないという方法をとっている。

[編集] 日本での受賞

* 第5回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞、特別賞
* 第6回アニメーション神戸 作品賞・劇場部門
* 第19回ゴールデングロス賞・最優秀金賞、ゴールデングロス特別賞、マネーメイキング監督賞、
* 全国興業環境衛生同業組合連合会特別大賞
* 報知映画賞・監督賞
* 日刊スポーツ映画大賞・作品賞
* 第56回毎日映画コンクール・日本映画大賞、アニメーション映画賞、日本映画ファン賞、監督賞、音楽賞
* ブルーリボン賞・作品賞
* キネマ旬報・日本映画読者選出監督賞、読者選出日本映画ベストテン1位
* エランドール賞・作品賞、プロデューサー賞
* 新世紀東京国際アニメフェア21・グランプリ
* ゴールデン・アロー賞・特別賞
* 日本アカデミー賞・最優秀作品賞、会長功労賞、協会特別賞(主題歌)
* 映画鑑賞団体全国連絡会議・作品賞、監督賞
* 2001年日本インターネット映画大賞 日本映画作品賞
* 第二回日本オタク大賞・赤熊賞

[編集] 日本以外での受賞

* 第52回ベルリン国際映画祭金熊賞受賞
* アニー賞(国際アニメ映画協会主催) 4部門(長編アニメ映画、監督、脚本、音楽)
* 第75回アカデミー長編アニメ賞受賞
* ゴールデンサテライト賞・最優秀アニメ映画賞
* 放送映画批評家協会・最優秀アニメ映画賞
* オンライン映画批評家協会・最優秀アニメ映画賞
* ニューヨーク映画批評家協会・最優秀アニメ賞
* ボストン映画批評家協会・特別賞
* ロサンゼルス映画批評家協会・最優秀アニメ賞
* サンフランシスコ映画祭・ベスト物語部門・観客賞
* ナショナル・ボード・オブ・レビュー・アニメ部門賞
* 香港映画祭・最優秀アジア映画賞
* 第29回サターン賞ベストアニメ映画賞

おもひでぽろぽろ



『おもひでぽろぽろ』は、岡本螢・刀根夕子の漫画および、それを原作としたスタジオジブリ制作の劇場アニメ作品。1991年7月20日公開。監督・脚本は高畑勲。英語作品名「Only Yesterday」。主題歌はアマンダ・マクブルーム作詞・曲の「THE ROSE」を高畑勲が日本語に訳した「愛は花、君はその種子」。
目次
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* 1 あらすじ
* 2 キャッチコピー
* 3 キャスト
* 4 スタッフ
* 5 アニメ映画作品の概要

[編集] あらすじ

東京の会社に勤めるタエコは東京生まれの東京育ち。27歳のある日、結婚した姉の縁で、姉の夫の親類の家に2度目の居候をしに出かける。山形へ向かう夜汽車の中、東京育ちで田舎を持つことにあこがれた小学生時代を思い出し、山形の風景の中で小学5年の自分が溢れ出す。

[編集] キャッチコピー

「私はワタシと旅に出る」(糸井重里)

[編集] キャスト

岡島タエ子(27歳)(声:今井美樹)
本作の主人公。東京の会社に勤めるOL。東京で生まれ育ったため田舎に憧れており、長姉の嫁ぎ先である山形の親戚の家に、休暇を利用し滞在する。
トシオ(25歳)(声:柳葉敏郎)
ミツオとカズオの又従兄弟。元サラリーマンで、有機栽培農業を目指している。
タエ子(小5時代)(声:本名陽子)
現在より16年前のタエ子。作文が上手く、算数が苦手だった。ごく普通の明るい女の子だが、やや意固地で末っ子特有の我侭な一面も持っていた。
タエ子の母(声:寺田路恵)
専業主婦。常に着物に割烹着姿。
タエ子の父(声:伊藤正博)
サラリーマン。口数が少なく、無表情。末っ子のタエ子に甘いところがある。
タエ子の祖母(声:北川智絵)
控えめで落ち着いた性格。
ナナ子(声:山下容莉枝)
タエ子の長姉。カズオと結婚し、娘のナオ子を儲ける。
ヤエ子(声:三野輪有紀)
タエ子の次姉。ややキツめな性格で、タエ子と姉妹喧嘩することも多かった。宝塚ファン。
谷ツネ子(声:飯塚雅弓)
タエ子の小学生時代のクラスメイト。ハッキリしていて気の強い性格。家は裕福なようで、別荘を持っている。
アイ子(声:押谷芽衣)

近所の6年生(声:岩崎ひろみ)

トシオの母(声:仙道孝子)

トコ(声:小峰めぐみ)
タエ子の小学生時代のクラスメイト。ややぽっちゃりしている。
リエ(声:滝沢幸代)
タエ子の小学生時代のクラスメイト。発育がよく、小学四年生のときに初潮を迎えている。現在は2児の母。
スー(声:石川匡)
タエ子の小学生時代のクラスメイト。本名は鈴木。脱脂粉乳が苦手。
広田秀二(声:増田裕生)
タエ子の小学生時代の同級生。野球がとても上手い。タエ子のことが好きだった。
あべくん(声:佐藤広純)
タエ子の小学生時代のクラスメイト。五年生の一学期に転校してきた。家が貧しく、たびたび不潔な行動をとるため皆から嫌われていた。
カズオ(声:後藤弘司)
ナナ子の夫で、タエ子の義兄。
キヨ子(声:石川幸子)

ナオ子(声:渡辺昌子)
カズオとナナ子の娘で、タエ子の姪っ子。中学生。
ばっちゃ(声:伊藤シン)
駅員(声:古林嘉弘)
トラヒゲ(声:永井一郎(カメオ出演))
役不明(声:高橋一生、近藤芳正、小島幸子、市川浩、川端大輔、武藤真弓、大成誠晃、脇田麻衣子、宝田絢子、飯尾麻耶、三島知子、林亜紀、南一恵、井上大輔、大友大輔、山本剛、大豆生田信彰、鈴木えり子、松本修)

耳をすませば



『耳をすませば』(みみをすませば)(Whisper of the Heart)は、同名の漫画を原作にスタジオジブリがアニメ映画化[1]、1995年7月15日日本公開(同時上映:『On Your Mark ジブリ実験劇場』)された近藤喜文の最初にして最後の監督作品。および柊あおいの原作漫画作品。アニメ映画版では東京都多摩市と同武蔵野市の一部が出ている。略称は「耳すま」。
目次
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* 1 あらすじ
* 2 登場人物紹介
o 2.1 その他
* 3 スタッフ
* 4 テーマ曲
* 5 キャッチコピー
* 6 賞歴
* 7 豆知識
o 7.1 作中の地名
* 8 漫画
o 8.1 『耳をすませば』
o 8.2 『耳をすませば 幸せな時間』
* 9 映画版と原作の相違点
* 10 小説
* 11 脚注
* 12 関連項目
* 13 参考文献

[編集] あらすじ

注意:以降の記述で物語・作品に関する核心部分が明かされています。

読書好きの中学3年の月島雫は、父の勤める図書館へよく通うが、自分の読む本を全て先に借りて読んでいる「天沢聖司」の名前に気がつく。その天沢聖司が同級生だと知るのに時間はかからなかったが、天沢聖司のことが何かと気になる雫。

ある日、図書館への道で変な猫を見つけ、その猫を追いかける。猫は小さなアンティークショップ「地球屋」へ入ってゆき、雫は店で老人・西司朗と出会う。西老人は聖司の祖父で、彼は地下の工房でヴァイオリンを作っていた。聖司はヴァイオリン職人になるためにイタリアへ留学したいという夢を持っていた。

確固たる目標を持っている聖司に比べて、何をするべきかが分からない雫。雫は自分の夢を求め、小説を書き始める。

[編集] 登場人物紹介

月島雫(声:本名陽子)
主人公で、向原中学校3年生(漫画版は中学1年生)。14歳。性格は明るく友達も多いものの、家ではおとなしい。恋愛に鈍いところがある。読書が好きで、図書館や学校の図書室に頻繁におもむき、夏休みには本を20冊も読んでいる。夏休みに、図書館で読んだ本の図書カードに「天沢聖司」という名を見つける。その後天沢聖司と出会うが、聖司と自分の違いから「自分を試す」と言って映画タイトルと同じタイトルの物語を書き始める。物語が進むにつれ、聖司のことを好きになっていく。なお、アニメ映画版では聖司に「詩の才能がある」と言われた。
天沢聖司(声:高橋一生)
向原中学校3年生で、西司郎の孫。15歳。ルックスはよく、勉強とスポーツができる。読書も好きであり、雫のことは以前から図書カードで知っていた。雫に負けないために、何冊も本を読んでいたと語るシーンもある。ヴァイオリンを演奏できるが、本人はヴァイオリン職人になることを夢見ており、中学卒業後は海外修行に出ようとしている。物語が進むにつれて雫のことが好きになり、最後のシーンで雫にその想いを告げる(原作では絵がうまいという設定)。
月島靖也(声:立花隆)
雫の父。45歳。黒縁眼鏡をかけており、作中にタバコを吸う描写もある。図書館司書として働いているが、本業は郷土史家である。
月島朝子(声:室井滋)
雫の母。43歳。社会人学生として、大学院に通っている。現実主義者であり、雫と似ているところがある。
月島汐(声:山下容莉枝)
雫の姉。18歳。大学に通っている。母が常に家にいるわけではないため、雫と2人で家事もこなす。しっかり者だが、それゆえに作中で雫と対立することもあった。美人で、スポーツ好きで活発的。原作と映画では性格がかなり違う。
バロン(声:露口茂)
西司郎がドイツからもらってきた猫の人形。本名は「フンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵」。雫が書いた物語の主人公。
西司朗(地球屋主人)(声:小林桂樹)
地球屋の主人で、聖司の祖父。80歳。戦前、ドイツ留学中にバロンと出会い、(原作では)3日頼み続けて譲ってもらった。優しい性格で、雫と聖司のよき理解者である。
西の友人(声:井上直久)(※画家、「バロンのくれた物語」美術担当)
西の友人。雫らとカントリーロードを演奏した。
西の友人(声:鈴木敏夫)(※プロデューサー)
西の友人。雫らとカントリーロードを演奏した。
高坂先生(声:高山みなみ)
向原中学校の保健室の先生。生徒に慕われている。苗字の「高坂」は、この作品の作画監督の高坂希太郎から取ったと思われれがちだが、原作でも「高坂」という名前の保健室の先生が登場している。
原田夕子(声:佳山麻衣子)
雫の親友。向原中学校3年生。14歳。そばかすを気にしている。優しくておとなしい性格で、立ち直りが早い。別のクラスの男子からラブレターをもらったが、本人は杉村が好き。
杉村(声:中島義実)
雫の男友達。向原中学校3年生で野球部所属。14歳。雫同様恋愛には鈍い。夕子が自分のことを好きなのを知らず、夕子にラブレターをあげた男子からラブレターの返事を聞いてくれと頼まれ、そのことを夕子に漏らしてしまい、喧嘩してしまう。本人は雫のことを前から好きだった。
原田夕子の父(声:中村晴彦)
夕子の父で、夕子と喧嘩していた。その後仲直りしたかの描写は作中にはない。
絹代(声:飯塚雅弓)
雫の友達。向原中学校3年生。愛称「きぬちゃん」。聖司とは、1年生の時同じクラスだった。
ナオ(声:千葉舞)
雫の友達。向原中学校3年生。眼鏡をかけている。

[編集] その他

担任の先生(声:岸部シロー)
数学教師(声:笛吹雅子)(※当時日本テレビアナウンサー)
野球解説者(声:江川卓)(特別出演)
野球実況アナウンサー(声:小川光明)(※当時日本テレビアナウンサー)
役不明(声:久我未来、成井豊、岡田達也、吉田晃介、菅沼長門、高橋さとる、阪口明子、田中雅子、和賀由利子、横前喬紀、平田恵子、村野忠正、白石琢也、鮎川昌平、藤田大輔、内藤ももこ、村田有紀、塩原奈緒、伊藤ひろみ、安田博美、今井義博)

[編集] スタッフ

* 監督:近藤喜文
* 脚本・絵コンテ・制作プロデューサー:宮崎駿
* 作画監督:高坂希太郎
* 美術:黒田聡
* 音楽:野見祐二
* 製作:耳をすませば製作委員会(徳間書店、日本テレビ放送網、博報堂、スタジオジブリ)
* 制作:スタジオジブリ
* 配給:東宝

[編集] テーマ曲

* Take Me Home, Country Roads - オリビア・ニュートン=ジョン(OP曲・原曲はジョン・デンバー)
* カントリー・ロード - 本名陽子 ※上記の曲に日本語詞をつけたもの。
o 作詞:鈴木麻実子、宮崎駿 / 編曲:野見祐二

[編集] キャッチコピー

好きなひとが、できました(糸井重里)

[編集] 賞歴

* 第13回ゴールデングロス賞・最優秀金賞、マネーメイキング監督賞
* 日本映画復興賞・日本映画奨励賞
* 全国映連賞・新人監督賞
* 児童福祉文化賞
* 中央児童福祉審議会特別推薦文化財

[編集] 豆知識
この記事に雑多な内容を羅列した節があります。
事項を箇条書きで列挙しただけの節は、本文として組み入れるか整理・除去する必要があります。
このタグは2007年7月に貼付されました。

* 日本映画で初めて音響にドルビーデジタル方式が採用されている。採用されるに至ったきっかけは、1994年10月にアメリカ・ドルビーラボラトリーズの副社長がジブリを訪れ、宮崎駿に対して「日本のスピルバーグといったらアナタでしょう。アナタが音を良くしようと思わなければ、日本の映画の音は一向によくならない。」との発言である。(ただし当時ドルビーデジタルに対応した映画館は少数)
* 作中、雫が学校で無理を言って図書室を開けてもらい本を借りるシーンがある。この際手にした本は「フェアリーテイル」という題名の本で、実在する作品(モニカ・クリング著「フェアリーテイル」)であるが、この本を作中で雫に選ばせたことに特に意味はなく、単に原作で、同名の本を雫が借りたものをそのまま転用しているだけであり、スタジオジブリとしては「フェアリーテール」あるいは「フェアリーテイル」という作品名自体には特別想い入れや意味はないものとしている。また、このとき「フェアリーテイル」の本がある下の段に「TOTORO」というタイトルの本がおいてある。
* 作中にはいくつかの古楽器が登場する。ヴィオラ・ダ・ガンバ、リコーダー、コルネット、リュートなどである。
* また、地球屋でのカントリーロードのシーンで、楽器を演奏していた老人たちの中のうちの一人を演じているのも井上直久である。
* 作中、聖司が読んでいる本に「霧のむこうのふしぎな町」という作品があるが、これは後に宮崎監督がアニメ化しようとしたが叶わず、「千と千尋の神隠し」という形で作品化した、柏葉幸子著の実在する本である。
* 作中、西司朗(地球屋主人)が修理している古時計の盤面に、同じスタジオジブリ作品紅の豚の主人公である「ポルコ・ロッソ」(Porco Rosso) の名が刻まれている。
* 映画の最後のスタッフロールの際の映像をよく見ると、杉村と原田がその後どうなるかを知ることができる。
* 雫役の本名陽子は後に文化放送で「本名陽子 Yoko de Paradise」というラジオ番組のパーソナリティを務め、シングルCDやオリジナルのアルバムもリリースした。アルバム『friends~フレンズ~』は久石譲がプロデュースを務め、ジャケットは故近藤喜文監督によって描かれた本名陽子自身の絵であった。
* 「耳をすませば」のサウンドトラックには、通常市販されているものの他に、CDの表面が金色であったり、微妙にジャケットの異なるバージョンが存在する。
* 聖司がイタリアに行く前の日の夜、雫が電車に乗る時、外には「耳をすませば」と書いてあるビルがある。
* 作中の、バロンが登場する雫の小説のなかの世界のデザイン(背景)は井上直久が担当している。雫の小説のストーリーは井上直久によるものではないが、この世界の設定は彼が描く「イバラード」の世界観にほぼ準じている。
* 作中に「ムタ」「サスケ」という名前が出てくる。前者はブタ猫ムーンの別称、後者は学校での生徒の「昨夜(ゆうべ)のサスケ見たか、俺感動した!」という発言であり、この意味は何かという議論が揚がることが度々あったが、「ムタ」はプロレスラーの「グレート・ムタ」、「サスケ」は同じくプロレスラーの「ザ・グレート・サスケ」であると推測される。このことから制作スタッフにプロレスファンないしプロレスの知識がある人物がいると思われる。また「ムタ」は続編とされる「猫の恩返し」で「ルナルド・ムーン」の呼び名として使われている。
* フジテレビで以前放送されていた視聴者参加オークション番組「とんねるずのハンマープライス」で、「耳をすませば」の声優としての参加権が出品されたことがあった。オークションが開始されると同時に高値が付き、落札価格は50万円を超えるまでに至った。落札者の男性は、「雫の友達の夕子の父親役」が与えられることになったが、50万円以上という高値で購入したにもかかわらず、与えられた台詞は夕子が自宅に帰った際、声をかけた「おかえり」の一言だけであった。一応彼の名前はスタッフロールに残されており、作品に名前が残るという事では50万円以上の価値はあると言えよう(声の出演の項目参照)。
o また、この時父親のいる部屋でテレビに映っていた野球の試合を江川卓と小川光明が解説していた。その試合は読売ジャイアンツ対ヤクルトスワローズであり、読売ジャイアンツの投手は斎藤雅樹である。
* 1995年当時、人名用漢字に「雫」が含まれていなかったため、名前に「雫」を使うことはできなかった。使用が可能になったのは9年後の2004年9月27日からである。姉の「汐」も人名用漢字に追加されたのは1981年なので、名前に使うことはできない。(汐は大学生と設定されているため、最低でも18歳以上である。)
* 作中には京王電鉄(作品内で駅の看板には京玉線と表記されているが、車体側面のロゴは「Keio」となっている)の5000系をモデルにした電車が登場する。しかし実際には5000系は片開き式の扉であるが、両開き式となっていたり、一部には6000系と5000系が混ざったような電車(前面は5000系、側面6000系)が出てくる。また側面のみで前面は出ないが前述の混合した6000系ではなく純粋な6000系も登場する。作中の電車は全てアイボリーに赤いラインの塗装であるが、2002年より現在の新塗装に変更され、旧塗装であるアイボリーに赤いラインの電車は既に見られなくなっている。
* 雫がムーンと一緒に京玉線杉の宮駅で降りる際、扉が開いた(音がする)にもかかわらず、雫の背後に描かれている戸袋に扉が見えない。これは単に線路側だから扉が開いていないだけであるので何ら問題はない。
* 背景キャラ(いわゆるガヤ・モブシーン)を担当している声優の中に俳優の久我未来がいる。久我は天沢聖司役の高橋一生と同い年(1980年生まれ)で、映画が公開された1995年は高橋と共に実際に中学3年生であり、公開開始から約3ヵ月後の10月より「3年B組金八先生」(第四期)で高畑優役を演じている。また、絹代役の飯塚雅弓も嘗て「3年B組金八先生」(こちらは第三期と第四期の間に製作された、スペシャルの一作品)に出演していることから「中学」を舞台にした作品としての繋がりから派生したのではないかとの見方ができる。
* 作中で雫は図書カードに書かれた名前から、聖司に興味を持つといった描写がされているが、プライバシーの保護などの観点から本の貸し出しのバーコード化を進めている日本図書館協会から公開当時、クレームがついた。そのため、DVD化した際に「現在このような貸し出しのやり方は行われていない。」といった内容の字幕がつくこととなった。
* 地球屋からの眺めを見ることができる場所は、ファンにとってはある意味聖地とも言える場所で、その場所に集まった耳をすませばファンが、耳をすませばへの想いをつづるために、その場所にいつしか「耳ノート」というノートが設置された。「耳ノート」はたちまち映画を見たファンの寄せ書きでいっぱいになり、何冊にも増えていったが、心ない人間により、ノートが盗まれるという事態も何度も発生した。また、近くの壁面に落書きしたりゴミを散らかしたりなど訪れる者のマナーが悪かったため、付近はフェンスに閉ざされ、立ち入り禁止の紙が貼ってある。その後残念ながら家が建ち完全に立ち入り不能になってしまった(2007年3月現在)。現在、「耳ノート」は桜ヶ丘ロータリーに面する洋菓子屋の店内に設置されている。
* 主要登場人物の服装は、ほぼ原作どおりである。
* 原作者柊あおいは、原田夕子を1979年放送の「世界名作劇場 赤毛のアン」の主人公・アン・シャーリーをイメージして描いている。これは柊が同アニメのファンだったからであるが、奇しくも「赤毛のアン」の当時のキャラクターデザイン担当は、本作の監督・近藤喜文である。
* 原作漫画は4号で連載を打ち切られた作品だけに、原作者はジブリより映画化の提案を受けた時、担当編集者に思わず「冗談でしょ」と言ったそうである。

[編集] 作中の地名

街並みのモチーフ

* 実際の街並みなどは主に東京都を走る京王線沿線の聖蹟桜ヶ丘駅周辺をモチーフとしている。聖蹟桜ヶ丘駅西口広場交番横には中央商店会により「耳をすませばモデル地案内マップ」が設置されている。作中に登場する町並みや、序盤に雫が買い物をするファミリーマート、丘を巻く坂道(いろは坂通り)、二人がラストシーンで日の出を見た高台、自転車に二人乗りで上った坂、雫が告白を受けた神社(金比羅神社)も実際に聖蹟桜ヶ丘駅周辺に存在しており、それらを求めて訪れる人も未だ多い。しかし最後に二人乗りで上がった坂はいろは坂のようにカーブしておらず、どこの坂か諸説ある。また例の高台を含めた他の各場所についても、桜ヶ丘周辺にある事は間違いないが諸説あり、どこが本物かは未だ分かっていない。だが当作品はアニメ作品であり、背景画が人の手で書かれたものであるから、今後も特定はほぼ不可能と思われる。

向原駅の名称の由来

* 雫が専ら利用する最寄駅の名称は「向原駅」(読みはむかいはら駅)。この名称の由来には諸説ある。
o 一つ目として、原作者・柊あおいの母校のある地名にちなんだとする説が挙げられる。作者の母校である栃木県壬生町立南犬飼中学校の所在地は、壬生町大字北小林字向原である。同校の最寄り駅は東武宇都宮線おもちゃのまち駅)である。
o 二つ目として、聖蹟桜ヶ丘駅周辺の地区名から一文字「向」をとり、「ノ岡」を「原」に換えたか、同駅よりひと駅新宿寄りの中河原駅より「原」の一文字をとったする説。多摩市内の聖蹟桜ヶ丘駅近くには、「向」の付く地名が多く存在することからこの説が浮上した。例えば、新大栗橋交差点東側の向ノ岡(むかいのおか)大橋とその先の向ノ岡交差点、さらに向ノ岡橋、向ノ岡大橋公園などが存在する。この辺りは今現在、関戸3丁目及び連光寺1丁目になっているが、旧地名は向ノ岡である。また、現在の同市桜ヶ丘地区の旧地名は向岡上 (むかいのおかかみ) 及び向岡下 (むかいのおかしも) である。
o 他の説としては、東京都豊島区には都電荒川線の向原電停(読みはむこうはら電停)や、JR西日本芸備線(広島県)に向原駅(読みはむかいはら駅)が挙げられる。ただし、いずれも舞台背景の場所から離れており、原著者等にまつわるエピソードも聞かれないことから、信憑性は高くない。
o 更に考えられるものとして、東京都練馬区にある有楽町線小竹向原駅から「小竹」を取ったものが挙げられる。この物語には一部武蔵野市が登場するが、練馬区は武蔵野市に隣接している為、近いとはいえないが遠いともいえない。

向原駅の絵のモチーフ

* 雫が利用している向原駅は、駅周辺のモチーフは分倍河原駅および百草園駅から、電車に乗車後の景色は中河原駅から聖蹟桜ヶ丘へ向かう間のものから取られている。
o 映画冒頭に出てくる踏切は分倍河原駅のそれに、駅近くの「ファミリーマート」は百草園駅のそれに酷似している。
o 劇中で雫が図書館に向かう際に電車を利用した際の描写では、右にカーブしつつ、電車の進行方向の右側に京王百貨店の建物が見えるが、これは中河原から聖蹟桜ヶ丘へ向かう際に見える景色と同じである。

杉の宮駅の名称の由来

* 地球屋のある杉の宮駅は、原作者・柊あおいが栃木県の出身で、学生の頃おもちゃのまち駅より東武宇都宮線で宇都宮市の栃木県立図書館によく通ったというエピソードを持つことより、宇都宮をもじって杉の宮にしたという説がある。
* 聖蹟桜ヶ丘駅の「桜」を「杉」に置き替え、同駅西側の一の宮神社及び同地区の「の宮」を合体して創作したとする説もある。ただし、もともと原作のコミックに登場した名称で、それを映画に流用したものである。そのため、映画の舞台となった聖蹟桜ヶ丘周辺からとったものではない可能性がある。

[編集] 漫画

[編集] 『耳をすませば』

読書が大好きな女子中学生、月島雫(つきしましずく)。雫は愛読書の図書貸し出しカードに天沢聖司(あまさわせいじ)という名が必ずある事に気がつき、知らない彼への思いをめぐらす。そんなある日、電車の車内で出会った猫に導かれ、地球屋という不思議な店に迷い込む。「りぼん」1989年8月号~11月号にて連載。りぼんマスコットコミックスにて単行本化。全1巻。2005年、文庫本(コミック版)にて発売。全一巻。耳をすませば~幸せな時間~同時収録。

[編集] 『耳をすませば 幸せな時間』

中学生最後の夏休み。「受験生」という立場を持て余し気味の雫はちょっと憂鬱。そんな時、空から降ってきた不思議な羽を拾う。その本体である翼について調べる内に「猫の図書館」に行き着く。「りぼんオリジナル」1995年8月号に掲載。りぼんマスコットコミックスにて単行本化。全1巻。2005年、文庫本(コミック版)で発売。全一巻。耳をすませば~幸せな時間~同時収録。

[編集] 映画版と原作の相違点

* 映画では雫達の学年は中学3年だが、原作では中学1年。
* 雫と聖司の出会いのシーンで映画版では雫の考えた歌詞をバカにしているが、原作では読んでいる本の内容をバカにしている。
* 原作ではムーンはほっそりとした黒猫であり、ルナというもう一匹の猫もいる。しかしセーラームーンのキャラクターとかぶってしまうために猫を太った白にしたらしい。
* 原作では聖司の兄の航司が登場している。映画の最初に雫にポストカードを汐が渡すシーンがあるのだが(「彼氏?」)原作では汐は彼と交際している設定であり、ポストカードを受け取って嬉しそうにしている。
* 原作では聖司は画家を目指している。
* 汐は映画では大学生だが原作では高校生である。
* 汐の性格が映画とかなり異なっており、落ち着いた雰囲気の優しい姉という感じである。
* 映画では月島家は団地に住んでいるが原作では一軒家に住んでいる。
* 映画版のラストシーンで聖司は雫にプロポーズしているが原作では「好きだ」としか言っていない。これは、脚本・宮崎駿の中途半端にしない方が良いとの判断からである。
* 映画での雫の部屋は汐と兼用しているが(汐が引っ越すまで)、原作での雫は1人部屋。

ゲド戦記



『ゲド戦記』(ゲドせんき、英題:Tales from Earthsea)は、アーシュラ・K・ル=グウィンの小説『ゲド戦記』(主に第3巻の「さいはての島へ」)を原作とし、宮崎駿の絵物語『シュナの旅』を原案とした長編アニメーション映画。スタジオジブリ制作、宮崎吾朗監督・脚本の独自解釈によるストーリー、東宝配給で2006年7月29日に劇場公開。2006年度の最低映画との評価を、それぞれ独立した映画評論雑誌5誌から受けている。

注意:以降の記述で物語・作品に関する核心部分が明かされています。


ゲド戦記
ジャンル ファンタジー
映画: ゲド戦記
Tales from Earthsea
監督 宮崎吾朗
制作 スタジオジブリ
封切日 2006年7月29日
上映時間 115分
コピーライト表記 ©2006 二馬力・GNDHDDT
■テンプレート使用方法 ■ノート
目次
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* 1 登場人物
* 2 原作との相違点
* 3 原案『シュナの旅』(作:宮崎駿)との関係
* 4 スタッフ
* 5 公開までの流れ
o 5.1 監督就任の経緯
* 6 海外での反響
* 7 国内での反響
* 8 興行と受賞
* 9 挿入歌に対する批判と謝罪
* 10 キャッチコピー
* 11 コマーシャル
* 12 関連項目
* 13 関連書籍
* 14 外部リンク

[編集] 登場人物

この映画の中においては、原作『ゲド戦記』ではなく、絵物語『シュナの旅』がキャラクターイメージが元になっている。宮崎吾朗監督は「WORKS OF ゲド戦記」(BNN刊)の中において「『シュナの旅』の登場人物に少しずつアレンジを加えていって…『ゲド戦記』の世界に近づいた感じです」と述べている。

( )内はその人物の「真(まこと)の名」。作中(アースシー)の世界では人に真の名を教える事は相手の掌中に己の魂を委ねる事と同義であり(諱、実名敬避俗も参照)、故に真の名は皆普段隠して暮らしている。
アレン(レバンネン)(声:岡田准一)
エンラッドの王子。17歳。真面目すぎる性格の為に世の中の暗黒についてまで心を悩ませるうち、本来は心の“光”であったアレンの分身が“影”となってアレンの元を去ってしまう。心の均衡を失ったアレンは衝動的に父王を殺害、国を捨てて失踪。逃走中にハイタカに命を救われ、ハイタカと共に世界に異変を起こしている災いの根源を探す旅に同行する。
テルー(テハヌー)(声:手嶌葵)
顔に火傷の痕がある少女。テナーと共に作物を育てて暮らしているが、テナー以外の人物(特に自分の命を大切にしない人間)には容易に心を開かず、両親に虐待された末に捨てられた辛い過去を持つ。心に闇を持ち折に触れて自暴自棄になるアレンを嫌っていたが、彼もまた自分のように心に傷を負っていると知ると段々アレンに歩み寄るようになっていった。清廉な心を持つハイタカには出会ってからすぐに信用し、彼のことを「タカ」と呼ぶ。
ハイタカ(ゲド)(声:菅原文太)
アースシーの大賢人。世界の均衡が崩れつつある事を察知し、アレンと共に災いの源を探る旅に出る。頬に傷がある。世界の均衡を崩さぬよう、みだりに魔法を使ってはならないと考えている。
テナー(声:風吹ジュン)
ハイタカの昔なじみで、彼のよき理解者。「ゲド」という彼の真の名を知っている。親に捨てられたテルーを女手一つで育てている。昔、カルガド帝国にあるアチュアンの墓地の巫女をしていた。このことは台詞のみで語られている。映画では髪は金色だが、原作では髪は黒い。
クモ(声:田中裕子)
永遠の命を得るために、禁断の生死両界を分かつ扉を開いた魔法使い。かつて魔法を濫用したが、ゲドに阻止されたため、彼に復讐する機会をうかがっている。ゲド戦記公式情報のストーリー紹介の欄にあるように男性という設定だが、声優とその外見から女性的に見えるキャラクターとなっている。なお、公式パンフレットによればクモの過去は、かつて「ハブナーのクモ」と呼ばれていたクモは、人が金を払いさえすればパルンの『知恵の書』を使い、望み通りの人間をあの世から呼び出していた。師の魂を呼び出され憤った若き日のハイタカは、泣きわめいて抵抗するクモを無理矢理黄泉の国まで連れて行き、恐怖の底に突き落とした。その後クモは、改心を誓って西へと去ったが、その心の底ではハイタカへの復讐を誓っていたのだった、とある。
ウサギ(声:香川照之)
人狩りを生業とするクモの部下。小心者だが、クモの力をかさに来て傍若無人に振る舞う。アレンを「坊っちゃん」、テルーを「お嬢ちゃん」と呼ぶ。これは声優本人が希望した呼び方らしい。
国王(声:小林薫)
エンラッドの賢王で、アレンの父。ある夜、突如アレンに刺殺され、魔法の剣を奪われる。
王妃(声:夏川結衣)
アレンの母。国を継ぐものとして、アレンを厳しくしつける。いつも猫を抱いている。
女主人(声:倍賞美津子)
都城ホート・タウンに住む元まじない師。現在は魔法を信じられなくなり、まがい物の生地を売っている。
ハジア売り(声:内藤剛志)
常習すると死に至る麻薬・ハジアを、アレンに近づき売りさばこうと企む男。
ルート(声:飯沼彗)
エンラッド国王の側近で、魔法使い。世界の均衡が崩れつつある事に憂慮している。
二人組のオバさん(声:梅沢昌代・神野三鈴)
テナーの家の近くに住む村人。テナーの作る薬を買っているが、内心ではテナーやテルーの事を薄気味悪がっている。なお、このオバさんたちの動きは、ハウルの動く城で王宮の大階段のシーンを手がけたアニメーター、大塚伸治によるものである。
風の司(声:加瀬康之)
国王家臣(声:阪脩)
侍女(声:八十川真由野)
ウサギの部下(声:西凛太朗)
船員(声:白鳥哲)
役不明(声:池田勝・鵜澤秀行・宝亀克寿・田村勝彦・斎藤志郎・廣田高志・清水明彦・佐藤淳・中村悠一・杉山大・加藤英美里・木川絵理子・藤堂陽子・関輝雄・高橋耕次郎・田中明生・高橋克明・櫻井章喜・鍛治直人・西岡野人・上川路啓志・植田真介・田中宏樹・佐川和正・細貝弘二・清水圭吾・瀧田陶子・築野絵美・高野智実・愛佳・佐藤麻衣子・渡辺智美)

[編集] 原作との相違点

本作品はアーシュラ・K・ル=グウィンによって書かれた「ゲド戦記」が原作であり、世界観や設定、登場人物名や用語などは、少なからず原作と共通している。その一方、原案『シュナの旅』の影響が強いため、原作とは異なる点が多い。本作品と原作ゲド戦記の主要な相違点は以下のとおりである。

影の意味
原作3巻にアレンの影は出てこない。鈴木敏夫がゲド戦記のテーマに触れる入り口として導入を提案した。原作1巻の影の物語をハイタカからアレンに移植し、影の役割も変わっている。
制作者によると本作では影の意味は原作とは対照的に設定されているようである。原作では若きハイタカ(ゲド)の影が「心の闇(憎しみや傲慢)」として描かれているが、映画ではアレンの影が「心の光の存在」であるとして描かれている。
原作における影は、光を受けた時に認識する事ができる、様々な受入れがたい心の傷(良心の呵責等)や、結果的に自分を害する事に繋がる弱い心(憎しみや傲慢等)である(参考文献:ル=グウィンのエッセイ「夜の言葉」、第1作巻頭言「エアの創造」)。原作では影は、様々なゲドの経験から蓄積された無自覚な否定したい心の部分が召喚魔法により具現化し実体を脅かす存在となり、実体であるゲドにつきまといゲドは次第に追いつめられて行く。しかし、少年ゲドが影から逃げるのをやめて正面から向き合ったとき、彼は影が自分の一部であることを悟り受け入れ全き人となる。「影は自己認識へ、大人へ、光への旅の案内人なのです」(「夜の言葉」より)。
宮崎吾朗監督のインタビューによると、映画では悪役クモの仕業によって主人公の「心の光の部分」が切り離されて、光が肉体を追う影となってしまい、影(実は光)は心の闇に支配されたアレンの実体と一体となろうとして追いかけていたと説明されている。つまり、アレンの影こそが実は「心の光の存在」であった。テルーから「レバンネン、そうして命はずっと続いていくんだよ。」という言葉を聞かされ、闇に支配されていたアレンの心に「光」が戻る。
原作者は映画に対するコメントの中でアレンが分割した理由が不明確であることについて批判をしている。
アレンとゲドの関係
映画ではアレンが心の闇に支配されて国王(父)を殺害し国を出奔、そしてハイタカに出会って旅に同行するという展開になっているが、原作ではアレンは、世界の異常を知らせるよう父に命じられて、ロークの大賢人たるゲドに会いに行き、そして2人で旅に出る流れになっている。
アレンの父殺し
アレンが国王である父親を殺すという設定は原作にはなく、映画オリジナルである。テルーが親から虐待されたという原作に準拠した設定ともあいまって、均衡の崩れた(田を耕さずハジアを売ったり、人を売り買いする人が儲けている)世界を象徴している。世界の均衡を崩し、人の頭を変にする災いの力はアレンの身にも及んでいた。
劇中、アレンが父を刺したのと同じ構図で、アレンがハイタカに斬りかかるシーンもある。2度目のハイタカに斬りかかる方は、劇中はっきりとクモに操られていることが示される。
アレンの父殺しという設定のできた経緯は、書籍「ロマンアルバムゲド戦記」のインタビューに詳しく記述されている。発案者は鈴木プロデューサーで、主人公の旅立ちの理由を模索していた吾朗監督は、「この子は父を殺しちゃうんだよ」と言う鈴木の一言に初め驚いたそうだが、アレンのキャラクターに合うと思い取り入れた。脚本家の丹羽圭子のインタビューでは、当初アレンはおかしくなった父親に殺されそうになり国を飛び出す、というシノプシスがあったが、鈴木が「今の時代を考えると、息子が父を刺すほうがリアルだ」と発案し、吾朗監督が取り入れたと言う。鈴木の意見は、日本の近年の痛ましい少年犯罪から来ているものと言えよう。
アレンの父殺しの理由は劇中はっきりとは説明されず曖昧だが、吾朗監督はインタビューで、アレンは父を憎んでいたわけではなく、たぶん尊敬しており好きでもあったが、自分が陥っていた閉塞感やがんじがらめな気分を抑えきれなくなり暴走し、彼を取り巻く世界、社会の「象徴」である父親に抑えきれなくなった感情の矛先が向かったという講釈をしている。
よく父である宮崎駿と吾朗監督の関係になぞらえられた推察がされるが、吾朗監督自身は「父さえいなければ、生きられると思った。」というキャッチコピーに対しても、自分のことではない、と否定している。
テルーの描写
映画ではテルーは火傷の跡こそ描かれているものの、基本的にジブリ作品におけるヒロインのデザインを踏襲したものとなっている。『シュナの旅』のヒロイン、テアにも似ている。ジブリの定石である少年と少女の物語にするため、原作では5~6歳(4巻)であるのをアレンと見た目が同年代の少女に変更。火傷の位置は原作では右半身だが、映画では左の目から頬にかけて痣状にある。
原作では「顔の半分がケロイド化して目がつぶれている」とか「手が溶けて鉤爪のようになっている」など醜悪さを表現する描写が少なくない。また原作では炎によって喉も潰れており、「テルーの唄」のような歌を歌う事も出来ないとされる。
物語の世界
映画ではホート・タウンとその周辺で物語が進められるが、原作においてはゲドとアレンは辺境の島々から死後の世界まで、アースシーの世界を縦横に横断している。
原作では肌の黒い人間がマジョリティ、白い人間はマイノリティ(カルガド圏出身)である。しかし、映画ではハイタカの肌がやや黒い以外は誰の肌も褐色とはおよそ言えない。原作者は物語で肌の色が濃いのは邪悪さと結びつけられる因習に批判的であるため、この肌の表現にこだわりを持ち、表紙の人物のデザインについて出版社と争うこともあり、ドラマ版製作者と対立したこともある。
物語の解決
原作では、誰か悪者を暴力で倒す事によって物語の解決を図ろうとはしていない。それに対して映画では、世界の均衡が崩れつつあるのも、竜が食い合うのも悪役クモが生死両方を分かつ扉を開けた影響とされ、その悪役クモを倒す事によって、共食いをしていた竜がラストシーンで仲睦まじく天空高く飛ぶようになる姿を描き、物語は解決を見せ、終わっている。アレンはすべてのいきさつを知る大賢人ゲドと共に国へ帰る(参考文献:公式パンフレット)。
本作品の映画の公式パンフレットに『ハイタカはクモという魔法使いが生死両方を分かつ扉を開け、それによって世界の均衡が崩れつつあることを探り出す』と記載されているとおり、世界の均衡を崩し、人々の頭をおかしくしているのは、クモであるが、劇中ではクモが敗れただけである為に、世界の崩れた均衡の全てが解決したかどうかは明確ではない。また、クモの台詞の中に「均衡はすでに我ら人間の手によって破壊されつつある」とあるため、クモだけが災いの原因とは言えない可能性が大きい。
劇中、世界の均衡を唯一崩せる存在は「人間」であると暗に示されており、世界の均衡を崩しているのは、本来は自分たちの物ではない物まで欲する人間の強欲な働きである。クモが不死を欲した事は均衡を崩す強欲な人間の働きの代表であるといえよう。ハイタカも過去の教訓から、均衡を崩さぬよう魔法の使用を控えている。
物語のその後
2006年10月6日付け全国紙夕刊に掲載された広告には「国に帰れば死が待っている。二度と会うことの無い二人だけど」とのコピーが記載され、アレンが帰国後に国王殺害の咎により処刑される事が暗示されているが、本作品自体にはそれをうかがわせる描写はない。

[編集] 原案『シュナの旅』(作:宮崎駿)との関係

本作品は、プロットや部分的な絵作りにおいて、宮崎駿作の『シュナの旅』(原案としてクレジット)からの翻案が多い。その主要なものは以下のとおりである。

プロット(筋書)
ストーリーの前半で、主人公の少年は悪者に捕まったヒロインの少女を助ける。そしてストーリーのラストでは、心の闇に沈んでしまった主人公の少年が、ヒロインの少女によって心の光を取り戻す。これは本作品と『シュナの旅』に共通するプロット(筋書)である。
人狩り
人狩りに捕まって首輪を付けられているシーン。また、人買いの車から助けられた際に、同時に枷(かせ)をはずされた同乗の犠牲者達が、再び捕まるという恐怖の為に動けないでいるシーンは『シュナの旅』とほぼ同一である。
旅の風景
物語の前半で出てくる「砂漠の上に打ち捨てられた巨大船」の風景、また「人々が捨てて去った村の家を覗き込むシーン」は『シュナの旅』と構図が全く同一である。
ヤックル
アレンの馬(劇中ではそう呼ばれているが、馬の原型のような動物)はシュナの愛畜ヤックルに酷似しており、吾朗監督も「あれはヤックルみたいなものです」「もののけ姫ではなくシュナの旅を参考にした」とインタビューに答えている。ただし2本の角は製作過程で取ってしまった、と言っている。

[編集] スタッフ

* 原作:アーシュラ・K・ル=グウィン (『ゲド戦記』)
* 原案:宮崎駿 (『シュナの旅』)
* 監督:宮崎吾朗
* 脚本:宮崎吾朗、丹羽圭子
* 作画演出:山下明彦
* 作画監督:稲村武志
* 美術監督:武重洋二
* 音楽:寺嶋民哉
* 色彩設計:保田道世
* デジタル作画監督:片塰満則
* 映像演出:奥井敦
* 録音演出:若林和弘
* 整音:高木創
* 効果:笠松広司
* 整音監修:井上秀司
* 編集:瀬山武司
* プロデューサー:鈴木敏夫
* 協賛:アサヒ飲料
* 制作:スタジオジブリ
* 配給:東宝
* 主題歌
o 劇中挿入歌-『テルーの唄』(歌:手嶌葵、作詞:宮崎吾朗、作曲:谷山浩子、編曲:寺嶋民哉)

プロデューサーである鈴木敏夫に参考資料として手渡された、萩原朔太郎の詩「こころ」に着想を得た宮崎吾朗監督が作詞。

o 主題歌 - 『時の歌』(歌:手嶌葵、作詞:宮崎吾朗・新居昭乃、作曲:新居昭乃・保刈久明(アルバム「ゲド戦記歌集」収録)

[編集] 公開までの流れ

[編集] 監督就任の経緯

監督の宮崎吾朗の父親である宮崎駿は「ゲド戦記」の古くからのファンであり、彼の作品は「ゲド戦記」から大きな影響を受けてきた。名作「風の谷のナウシカ」(1984年)を映画化する以前、彼は原作の出版元岩波書店に映画化のオファーを取っていたが、原作者側からは断られていた。当時、原作者ル=グィンはアニメとはディズニーのようなものだと見なしていた。1990年代にも再オファーした事があったが、この時も許可は下りなかった。

2003年頃、「ゲド戦記」の訳者清水真砂子を通して、「となりのトトロ」などの宮崎作品を気に入ったル=グィンからジブリへ正式にアニメ映画化許可のオファーが来た。「監督は宮崎駿に」との要望だったが、宮崎駿は「これまでの自分の作品で既に「ゲド戦記」の要素を取り入れて作ってきたから、今更できない」、また「ハウルの動く城」を製作中ということもあり、監督を断った。

しかし、何としてもジブリで映画化したかったプロデューサーの鈴木敏夫は、他のアニメスタッフではなく、全くのアニメ素人である息子の宮崎吾朗(当時、ジブリ美術館の館長)を監督に起用することを画策した。発表当時のインタビューでは、「前提としてジブリの今後を考え、当の鈴木を含め駿や高畑勲が高齢である為」と述べ、後継を慮り起用したという理由、またジブリ美術館の制作時の手腕を見ての起用であったとされる。

寝耳に水だった宮崎駿は、アニメーターとしての素養がない素人である吾朗が監督に就くことに、「あいつに監督ができるわけがないだろう。絵だって描けるはずがないし、もっと言えば、何も分かっていないやつなんだ」と言って猛反対した。このことは「ゲド戦記」CD発売記念記者会(2006年6月5日タワーレコード渋谷)においても鈴木が語っている。ここで鈴木は吾朗にイメージ画を描かせ、吾朗は「竜とアレンが向き合う絵」を描きあげた。これを見た駿は唸り、黙ってしまったという。そして宮崎駿は吾郎に何度も「お前、本当にやれるのか?」と3日にわたって何度も問いただし、それでも吾朗は監督をやるといい続けた。そしてその後は、息子と全く口を聞かなくなってしまったという。

2005年6月に鈴木と吾朗は原作者との打ち合わせのため渡米の予定をしていたところ、駿は「監督がスタジオを離れるな!」と一喝した。「じゃあ宮さん(宮崎)が来てくださいよ」と鈴木に促され、仕方なく駿と鈴木が渡米する事となった。原作者との会見の場で駿は、スクリプトについては責任を持つということでル=グィンの了承を得た。なお、その際に上記『竜とアレンが向き合う絵』をル=グィンに見せたが、駿は「これは間違っていますよね」と吾朗の解釈について批判した。そして、自分が昔書いた「ゲド戦記」などのスケッチを見せて、自分が原作のファンだったことをアピールした。このことについて鈴木は「はじめて宮さんを殴りたくなった」と話している。

(参考)

* スタジオジブリ『世界一早い「ゲド戦記」インタビュー(完全版)』
* 雑誌『インビテーション』4月号採録 「鈴木プロデューサー ゲド戦記を語る(1)」

[編集] 海外での反響

第63回ヴェネチア国際映画祭で特別招待作品として上映。映画祭での上映に対する現地の評判は、最低ランクでスタジオジブリの評価を著しく下げた。「平板なスタイル、創造性に欠けた絵で、それはリアリズムの上に成り立つファンタジーに供する想像を生み出すことを放棄している」(「ウニタ」紙のダリオ・ゾンダ)。「アニメーションはスムーズで、緻密なキャラクターデザインではあるけれども、吾朗の映画は父親の映画における創造性と物語性芸術の高みには達していない。」キャッスルロック.it)(FantasyMagazine)。

原作者のル=グウィンはホームページ上で「私の本ではない。吾朗の映画だ。」と述べた。映画に対し甘い評価は下さないとの旨を発表。試写会時に挨拶のつもりで映画をほめた言動を、本人の許可をえずに吾朗がブログで紹介した事についても批判している(原作者HP)。また、別の機会には「Gedo Senki」と題した文章の中で、「絵は美しいが、急ごしらえで、『となりのトトロ』のような繊細さや『千と千尋の神隠し』のような力強い豊かなディテールがない」「物語のつじつまが合わない」「登場人物の行動が伴わないため、生と死、世界の均衡といった原作のメッセージが説教くさく感じる」などと記した。また、原作にはない、王子が父を殺すエピソードについても、「動機がなく、きまぐれ。人間の影の部分は魔法の剣で振り払えるようなものではない」と強い違和感を表明している(朝日NET、2006年08月24日記事より抜粋)。

[編集] 国内での反響

国内でもほとんどの映画評論家はこの作品に厳しい評価をした。おすぎは、「ジブリなので背景とか絵だけは綺麗だったけど、もうつまんないの!」「監督の才能ないんでしょうね」などと論評した。しかし監督の経験・能力不足に関わらず一本の映画を作り上げたスタッフ達の評価は上がっている。宮崎駿は映画を試写で見た後、「気持ちで映画を作っちゃいけない」「(吾朗は)大人になってない」と述べ、その反省の意図も込め、現在『崖の上のポニョ』の製作に当たっているという。

「週刊朝日」、「文藝春秋」、「週刊新潮」、「Premiere」、「ぴあ」、「スクリーン」、「キネマ旬報」等、国内の雑誌でも酷評されている。また、国内最大級のユーザー参加型レビュー機関「Yahoo!映画」や「映画生活」での総合評価は☆2つ(☆5が最高)。「Yahoo!映画」では約6000人の評価人数のうち、作品のファンと答えた人数は200人弱である。大手レンタルショップ「DMM.com」で☆2つ、同じく大手レンタルショップ「TSUTAYAディスカス」や販売サイト「amazon」では☆1つと答えた人数が最も多く、☆5つと答えた人が最も少ないピラミッド分布の評価である。

[編集] 興行と受賞

公開2日間で観客動員約67万人、興行収入約9億円を記録した。配給の東宝は初動の結果を受け、興行収入100億円超を目標に掲げたが、9月に入ると約85億円に下方修正した。最終的にはさらにそれを下回る約76.5億円だったが、2006年邦画興行収入1位(eiren.org)となった。

* 第30回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞
* 第3回文春きいちご賞(日本版ゴールデンラズベリー賞と言われるその年の最低映画に贈られる賞)
* 映画芸術 2006年ワーストテン 第1位

[編集] 挿入歌に対する批判と謝罪

「諸君!」2006年11月号誌上において荒川洋治は、「作詞者宮崎吾朗氏への疑問」と題して劇中挿入歌である『テルーの唄』に対し、「萩原朔太郎の『こころ』に、ある範囲を超えて似すぎている」「参考資料として『こころ』を詞のもとにしたならば、原詩・萩原朔太郎、編詞・宮崎吾朗とでも表記するべきで、作詞・宮崎吾朗とすることにためらいはなかったのか」との批判を行った。

2006年10月21日、毎日新聞はこの件につき報道した。記事の中で三田誠広は、「盗作ではないがモラルの問題として謝辞を入れるべき」「シングルCD購入者はそうであるとは分からず、先行する芸術に尊敬が欠けている」旨述べた(映画「さびしんぼう」主題歌にショパンの「別れの曲」が使用されているのと同種の問題)。

2006年10月24日、鈴木敏夫は「ゲド戦記」プロデューサーとしてこの件につき声明し、「表記について思慮不足であった」との旨を述べ謝罪した(「テルーの唄」の歌詞の表記の問題について)。

2007年7月4日、DVD及びVHSにて発売された本作品のスタッフロールに、「「テルーの唄」の歌詞は、萩原朔太郎の詩「こころ」に着想を得て作詞されました。」との表記が追加された。

原詩との関連についてオリジナルサウンドトラック、劇場用パンフレット、公式WEB、TV番組『ゲド戦記音図鑑~テルーの唄はこうして生まれた』等、映画に関係が深い媒体では『こころ』に着想を得て作詞された旨が解説されていたが、歌そのものの媒体であるシングルCDには解説がなく、劇場公開当時のスタッフロールにも表記が無かった。

参考として、本問題については本歌取りやオマージュであり、表記については問題がないという見方がある。法律としては現在、『こころ』の著作権は著作権の保護期間を満了し消滅している。

紅の豚



の豚』(くれないのぶた)は、宮崎駿監督によるスタジオジブリの長編アニメーション映画である。製作は徳間書店、日本航空、日本テレビ放送網、スタジオジブリ、配給は東宝、1992年7月18日公開。前作の『魔女の宅急便』に続いて劇場用アニメ映画の興行成績日本記録を更新した。
目次
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* 1 作品概要
* 2 時代背景
* 3 ストーリー
* 4 キャッチコピー
* 5 登場人物
* 6 登場する飛行艇
* 7 スタッフ
* 8 主題歌
* 9 声の出演
* 10 賞歴
* 11 脚注
* 12 関連項目
* 13 参考文献

[編集] 作品概要

世界大恐慌時のイタリア・アドリア海を舞台に、飛行艇を乗り回す海賊ならぬ『空賊(空中海賊)』と、それを相手に賞金稼ぎで生きる『ブタ』の飛行艇乗りの物語。 第一次世界大戦後の動乱の時代に生き、夢を追い求める男達の生き様を描く。

原案は月刊「モデルグラフィックス」誌の連載漫画記事「宮崎駿の雑想ノート」の「飛行艇時代」からで、本作はそれを膨らませたものである。生家が航空機産業に関係していたため、幼い頃から空を飛ぶことにあこがれていた宮崎監督が、珍しく自分の夢として描いた作品である。ハードボイルド的な男臭さ、三角関係の描写などが宮崎作品としては珍しい。実際、宮崎自身がその演出覚書において、「疲れて脳細胞が豆腐になった中年男のためのマンガ映画」にしたいと記している。以前から航空機の描写に定評のある宮崎監督なだけに、本作の空中戦の描写は秀逸であると高く評価されている。

本編制作中にプロデューサー鈴木敏夫の製作した宣伝用予告映像は、過激な空戦シーンを中心につないだ戦争映画さながらのものだった。まるで本編と方向性の異なるイメージで作られたそれに対し、宮崎は猛烈に怒ったという。

もともとは日本航空での機内上映用として製作が開始されたが、長編化したため劇場作品へと変更された。このため劇場公開より先に日本航空国際便で先行上映され、公開後も機内で上映された。

なお、2007年9月に日本航空国際線機内(一部機種をのぞく)で「紅の豚」の再上映が行われると発表された。※発表記事http://www.jal.com/ja/press/0001047/1047.html 及び http://www.jal.co.jp/jaltv/source/?s1=cm&s2=cm&s3=soraotobu&id=soraotobu-30

歌手の加藤登紀子が主題歌とエンディングを歌うと同時に声優としても出演している。

[編集] 時代背景

第一次世界大戦で戦勝国だったイタリアだが、扱いは敗戦国と大差は無く、国民から『栄光無き勝利』と呼ばれるまでに経済が不安定になっていた。この物語は世界大恐慌によって国民生活は破綻寸前となっている荒廃と混沌の時代が舞台となっている。

作中表記に拠ると1929年以降の物語[1]であり、1930年代の世界大恐慌ではなくそれ以前のヨーロッパ大恐慌時代であると考えられる。1922年にローマ進軍によって政権を掌握していたムッソリーニのファシスト党の独裁や女性のファッションなど1920年代前半の印象が強く、1929年当時とは多少異なる部分も見受けられるが当時の時代が比較的忠実に再現されている。また、この当時一世を風靡したアニメーション「ベティ・ブープ」が登場する。劇中歌「さくらんぼの実る頃」は、パリ・コミューン時に生まれた歌であり、ファシストの台頭に対する抵抗感の象徴とされている。

劇中、ポルコとカーチスの最終対決を前に騒ぎ立てる群衆を制するために、マンマユート団が機関銃と手榴弾による威嚇を行った際、それを見ていたポルコが10t爆弾でも使えばいいという内容のセリフを口にするが、実際に10t爆弾が開発されたのは第二次大戦後期である為、この当時には存在しない。実在の10t爆弾については、グランドスラム (爆弾)を参照のこと。

注意:以降の記述で物語・作品に関する核心部分が明かされています。

[編集] ストーリー

賞金稼ぎポルコは空賊マンマユート団に襲われたバカンスツアーの女学校の生徒たちを助ける。ポルコに業をにやした空賊連合はポルコに対抗できるアメリカの飛行艇乗りカーチスを雇うことにした。幼なじみのジーナが経営するホテルアドリアーノへ出かけたポルコは、そこでカーチスと出会い彼の飛行技術の優秀さを知る。飛行艇の整備のためにミラノに向かって飛んだポルコは、飛行途中でカーチスに出会い撃墜されてしまう。

からくも一命を取りとめたポルコは大破した愛機とともにミラノへ向かい、馴染みのピッコロ社に修理を依頼する。人手不足のピッコロ社で修理を担当するのは17歳の少女フィオだった。当局の追及が厳しくなり、テスト飛行もしないままポルコはフィオを伴い愛機でミラノを飛び立つこととなる。

アジトに戻ったポルコはそこで空賊連合に襲われるが、フィオの強気な説得でカーチスとの再決闘に臨むことになる。カーチスは決闘に応じる条件として、賞品としてフィオを賭けることを要求し、フィオもそれを了承する。二人の決闘は、高度な飛行技術の競い合いとなるが、決着がつかず、ついに地上に降りたポルコとカーチスは殴り合いを始め、からくもポルコが勝利を得る。

そこへやってきたジーナが空軍の襲来を告げる。ポルコは、ジーナにフィオを託し、カーチスと共に空軍の前に立ちはだかり、皆を逃がした。

数十年後、成長したフィオは、いつものように、懐かしい仲間に会いにホテルアドリアーノを訪れる。そして、それを見守るように一機の紅い飛空挺が飛んでいくのであった。

[編集] キャッチコピー

* カッコイイとは、こういうことさ。(糸井重里) - メインのキャッチコピーとしてCMやポスターなどに使用されていた。
* 飛ばない豚は、ただの豚だ。 - ポルコの台詞(劇中では「飛ばねえ豚は~」) ※よく勘違いされるが「飛べない豚」ではない。
* ここではあなたのお国より、もうちょっと人生が複雑なの。 - ジーナの台詞
* 国家とか民族とかくだらないスポンサーを背負って飛ばなきゃならないんだ。 - フェラーリンの台詞(劇中では「~飛ぶしかないんだよ。」)

[編集] 登場人物

ポルコ・ロッソ(Porco Rosso)
本編の主人公。36歳。真紅の試作戦闘飛行艇サボイアS-21に乗って空中海賊を相手にする賞金稼ぎ。かつてはイタリア空軍のエース・パイロットだったが、自らの名が戦争を通じて上がった事を嫌い、自らに魔法をかけて豚の姿になり軍を去っている。太った身体に黒眼鏡、口ひげをたくわえている。普段はアジトの無人島でワインを飲みながらラジオで音楽を聞き、ジタンの煙草をくゆらせるという気ままな日々を送っている。街に出る時は白いスーツに赤いネクタイを着用し、ボルサリーノの中折れ帽をかぶる。その上にカーキー色のトレンチコートを着るのが常である。
得意とする戦闘マニューバは「捻り込み」。彼はこの技で第一次大戦中に「アドリア海のエース」となっている。ちなみに「捻り込み」とは第二次世界大戦中の零式艦上戦闘機の得意技でもあった。
本名はマルコ・パゴット。劇中でフィオが「マルコ・パゴット大尉~」と言っているのはポルコの事である。名前の由来は日伊合作アニメ『名探偵ホームズ』の伊側プロデューサー、マルコ・パゴットから。また服装(トレンチコートに帽子とサングラス)は宮崎監督がファンだった刑事コジャックの容姿そのまんまである。
イタリア語で「ポルコ・ロッソ」とは、表題どおり「紅い豚」の意味で、イタリアでは最悪な罵倒語である。(場合によっては卑猥なイメージを喚起させる)
マダム・ジーナ(Gina)
ポルコの幼なじみ。「ホテル・アドリアーノのジーナ」と呼ばれ有名。空賊達を含め近隣の飛行艇乗りにとってはマドンナであり、空賊の「この店の50km以内じゃ仕事はしねぇ」というセリフが示すように、彼女がいるホテル・アドリアーノ近辺は事実上の中立地帯となっている。三度飛行艇乗りと結婚したが、彼らを全て空の事故で失っている。
ピッコロおやじ(Master Piccolo)
飛行艇製作会社の経営者。ポルコの昔馴染み。
マンマユート・ボス(Mamma Aiuto Boss)
空中海賊マンマユート団の親分。「マンマユート団」は、直訳すると「ママ助けて団」である。
フィオ・ピッコロ(Fio Piccolo)
ピッコロおやじの孫娘で、飛行機設計技師。まだ17歳と若いが、後にポルコが「良い腕している」と言うように、その腕は確かなよう。ミスター・カーチスとの決闘の為、ポルコに同行する。フィオの父親はポルコと同じ部隊に所属していた。
ミスター・カーチス(Donald Curtis)
アメリカ人。空賊連合が雇った用心棒でポルコのライバルとなる飛行艇乗り。祖国に母がおり、祖母がイタリア人とのクォーターらしい。惚れっぽい性格で、ジーナやフィオを次々口説く。後日、アメリカに帰国し西部劇の主演俳優となる(劇中ポスターより)。劇中で口走る台詞「ハイヨー、シルバー」は1939年以降にアメリカで制作されたドラマ「ローン・レンジャー」の決め台詞である。
フェラーリン(Ferrarin)
ポルコの元戦友で、現在はイタリア空軍の少佐。直接的な登場は少ないが、彼がポルコの味方であるため、空軍はポルコやジーナに手を出せないでいる。モデルは、アルトゥーロ・フェラーリン。

[編集] 登場する飛行艇

物語に登場する飛行艇はいずれも実在した機体をモデルにしているが、機体の形状が実際とは異なっているものが多い。

サボイアS-21F後期型
ポルコの愛機である飛行艇(ピッコロ社での改修後、設計主任フィオ・ピッコロのイニシャル「F」を冠する)
改修前の「サボイアS-21試作戦闘飛行艇」は、たった一機だけが製作された試作機である。「過激なセッティング」の為、離着水性に難があり、軍用機としてイタリア空軍に制式採用される事無く「倉庫で埃をかぶっていた」ところをポルコがローンで購入した。ポルコ曰く、「一度飛んでしまえば、粘りのあるいい翼」。
不調だったエンジン修理の為にミラノへ飛行中にカーチスと空戦になり、エンジントラブルが原因で被撃墜、半壊したことがF後期型へと改修された理由である。なおこの被撃墜は前述のローンを完済した直後である。
ピッコロ社でポルコがピッコロ親父に見せられたエンジンには「GHIBLI」(ジブリ)の刻印がされている。また、このエンジンは劇中ではイタリア軍の戦闘機名であるフォルゴーレと呼ばれたが、原作ではポルコの愛機の名前であった。実際のフォルゴーレが搭載していたエンジンは、ダイムラーベンツ設計のアルファロメオ製V型エンジンである。
実在した同名の飛行艇は複葉機である。これは宮崎が昔一度だけ見て印象に残ったものの、資料がないこともありそれが何だったか分からずにいた機体を再現したため。後の対談でモデルとなったのは「マッキ M.33」であると判明した。
カーチスR3C-0非公然水上戦闘機
ポルコの対抗馬であるカーチスの水上機。実在するR3C-2をカーチスが買い取り、改造したという設定。

風の谷のナウシカ



『風の谷のナウシカ』(かぜのたにのナウシカ)は、徳間書店のアニメ情報誌『アニメージュ』に連載された宮崎駿の漫画作品、および1984年に劇場公開された宮崎駿監督のアニメ映画作品、及び同映画のイメージソングの曲名である。
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カテゴリ
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目次
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* 1 概要
* 2 あらすじ
* 3 作品の背景
* 4 漫画連載から映画化までの経緯
* 5 映画「風の谷のナウシカ」
o 5.1 概要
o 5.2 制作体制
o 5.3 海外版
o 5.4 キャッチコピー
o 5.5 声の出演
o 5.6 スタッフ
o 5.7 受賞・推薦
* 6 ラジオドラマ
* 7 ゲーム
* 8 諸設定
o 8.1 年代設定
o 8.2 風の谷
o 8.3 辺境諸国
o 8.4 トルメキア
o 8.5 土鬼諸侯連合
o 8.6 ペジテ
o 8.7 蟲使いと「森の人」
o 8.8 腐海
o 8.9 蟲
o 8.10 動物
o 8.11 巨神兵
o 8.12 秘石
o 8.13 粘菌
o 8.14 大海嘯
o 8.15 年代記
o 8.16 腐海文書
o 8.17 滅亡の書
o 8.18 超常の力
o 8.19 船(飛行機)
* 9 脚注
* 10 関連項目
* 11 参考文献
* 12 外部リンク

[編集] 概要

漫画作品は、アニメージュ誌上で1982年に連載が開始され、1994年に終了した。その間、映画制作などのため何度か休載している。多忙を極めた宮崎駿が連載を維持するために、鉛筆原稿のまま雑誌掲載された回もある。

映画作品は、単行本全7巻の漫画全体から見ると序盤に当たる2巻目の途中まで連載された時点での作品であり、映画公開後に連載を再開した漫画とは内容が異なる。

本作のオリジナリティは高く評価され、漫画版は第23回日本漫画家協会賞の大賞を受賞、8ヶ国語で翻訳・発売されている。映画版も各賞を受賞し、宮崎アニメの中ではSF的要素が色濃い作品であることもあり、アニメファンの支持が高い作品である。

注意:以降の記述で物語・作品に関する核心部分が明かされています。

[編集] あらすじ

人類は極限まで文明を発達させ自然を征服するが、「火の七日間」と呼ばれる最終戦争を引き起こす。高度な文明は滅び、瘴気(有毒ガス)が充満する「腐海」と呼ばれる菌類の森や獰猛な蟲(むし)たちを生んでしまう。それから千年余り、わずかに残った人類は、古(いにしえ)の文明の遺物を発掘して利用しつつ逞しく生きていた。腐海は拡大を続け、人類の生活を脅かしていた。

腐海のほとりにある辺境の小国「風の谷」は、大国トルメキアの戦乱に巻き込まれた。「風の谷」の族長の娘であるナウシカは、過酷な運命に翻弄されながらさまざまな人びとと出会い、自分自身と世界の運命、太古より繰り返されて来た人の業とも呼べる営みに向き合い、大国と小国そして腐海と人類との共生の道を探す。

[編集] 作品の背景

自然と科学技術の対立、文明の破壊と再生はいくつかの宮崎駿作品に見られるが、本作品もその一つである。また、公害や自然破壊などいわゆる環境問題や、戦争批判という側面もある。

漫画版では物語序盤に提示されていた自然と科学技術という単純な二項対立の構図が、後半において複雑な構図に変化するなど、物語のテーマが大きく変わっていった。その背景には、ソ連崩壊に伴う東西冷戦終結など実際の時代背景が大きく変化した影響が大きいことを宮崎本人が当時のインタビューで明かしている。

宮崎が、主人公ナウシカのモデルとして言及しているのは、日本の古典文学である堤中納言物語に登場する「虫愛づる姫君」で、これは後に映画「もののけ姫」の題材ともなっている。また、その名前は、ギリシア神話に登場する王女ナウシカアに由来する(オデュッセウスの項目を参照)[1]。青衣の民のモデルはサハラ砂漠のトゥアレグ民である。

物語のモデルとした地域は定かでない。『COMIC BOX』1984年5・6月号の対談で「(風の谷のイメージは)中央アジアの乾燥地帯なんです」と発言し、『風の谷のナウシカ 宮崎駿水彩画集』で、腐海のモデルはウクライナ・クリミア半島のシュワ―ジュとコメントしたのが目立つ程度である。また、スタジオジブリはオーストラリアに関しては参考にした場所は無いとしている[2]。辺境として出てくる国々の以前の形として古エフタル王国と言う名前が出てくるが、歴史上の中央アジアの遊牧民にエフタルと呼ばれた民族(言語など一切が謎に包まれている)がある。

ルネ・ラルーのアニメ映画『ファンタスティック・プラネット』(1973年)や、宮崎自身がファンだという漫画家・諸星大二郎の影響も指摘される[3][4]。なかでもフランスの漫画家メビウス[5] の『アルザック』(1975年)には強い影響を受け「『ナウシカ』という作品は、明らかにメビウスに影響されつくられたものです。」と宮崎自身メビウスと対談した際に語っている。また、腐海と人間との関連性には、中尾佐助の唱えた照葉樹林文化論の影響も大きかった。他に「地球の長い午後」「デューン砂の惑星」等のSF小説の影響を指摘する論者もいる[6]。

[編集] 漫画連載から映画化までの経緯

アニメージュ編集部では、宮崎の監督作『未来少年コナン』『ルパン三世 カリオストロの城』を通じて、まだ無名だった宮崎の才能に早くから着目しており、1981年8月号には「宮崎駿特集」を掲載していた。

当時の宮崎は、アニメ制作会社テレコム・アニメーションフィルムに在籍しており、『ルパン三世 カリオストロの城』の監督を務めた後、『リトル・ニモ』の準備とイメージボードの作成、イタリアとの合作である『名探偵ホームズ』の演出などを担当していた。しかし、その時点では両作品共に一般公開される目処が立っていなかったことに加え、自ら『もののけ姫』などのアニメ化企画を提出したが会社には採用されなかったため、自分が関わった作品が世に出ない事に不満を抱えている状態だった。

「宮崎駿特集」担当編集者の鈴木敏夫は、宮崎に漫画連載を依頼。渋る宮崎を口説き落とした。漫画の依頼に対し宮崎は、『戦国魔城』というアニメ化前提の企画を提出したが、徳間書店側は傘下の映画会社大映に原作が存在しないことを理由の一つとして、この企画を却下している。『ナウシカ』の連載は、1982年1月発売の1982年2月号から開始された。結果的にアニメ化を前提としないマンガ作品を描くことになったため、宮崎は当初、「漫画として描くならアニメーションで絶対できないような作品を」と意図していた。そのためアニメ化は困難と思えるほど細密な書き込みがなされ、一般読者のみならず一部の目の肥えた漫画マニアにも驚きと賞賛をもって受け入れられている。

その後、宮崎は『ニモ』を降板、1982年11月にはテレコムを退社してフリーとなり、一時『ナウシカ』の漫画連載が唯一の仕事となる。この状況を知った尾形英夫アニメージュ編集長は、同誌の主催するイベント「アニメグランプリ」で上映する短編としてのアニメ化を提案。これに対し宮崎は「どうせ作るなら劇場用長編に」と回答し、徳間書店社長の徳間康快の承諾を得たことで『ナウシカ』の劇場用長編アニメ映画化構想が始動した。広告代理店大手の博報堂に宮崎の弟が勤めていたのも大きな原動力となり、映画化構想は実現することになる。

[編集] 映画「風の谷のナウシカ」
風の谷のナウシカ
監督 宮崎駿
製作総指揮 高畑勲
製作 徳間康快
近藤道生
脚本 宮崎駿
出演者 島本須美
辻村真人
京田尚子
納谷悟朗
永井一郎
宮内幸平
八奈見乗児
矢田稔
吉田理保子
菅谷政子
貴家堂子
坂本千夏
TARAKO
松田洋治
寺田誠
坪井章子
榊原良子
家弓家正
水鳥鉄夫
中村武己
太田貴子
島田敏
野村信次
鮎原久子
大塚芳忠
音楽 久石譲
主題歌 安田成美
『風の谷のナウシカ』
編集 木田伴子
金子尚樹
酒井正次
配給 東映
公開 日本の旗1984年3月11日
アメリカ合衆国1985年6月
大韓民国2000年12月30日
オーストラリア1984年3月11日
{ ドイツ2005年9月5日
フランス2006年5月18日
トルコ2007年7月6日
ロシア ロシア2007年7月26日
エストニアの旗 エストニア2008年4月11日
フィンランド フィンランド2008年9月26日
上映時間 116分
製作国 日本
言語 日本語
allcinema
Variety Japan
allmovie
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[編集] 概要

1984年に徳間書店と博報堂の共同出資により、アニメ映画化、全国の東映洋画系の劇場で同年3月11日より公開される。制作は「トップクラフト」が担当した。

環境問題をテーマの一つに盛り込んでいたこともあって、朝日新聞のコラム「天声人語」で取り上げられるなど、従来のアニメ映画の枠を越える評価を受けた。ナウシカは91万人の観客を動員し、当時の劇場版アニメーション作品としては異例ともいえる7億円以上の配給収入を得て成功を収めた。数々の映画賞を受賞し、アニメーション作家としての宮崎駿の知名度を大きく引き上げた作品となった。

映画版ナウシカは、演出上の理由からナウシカが王蟲の暴走を食い止めるために王蟲の群れに巻き込まれるエピソードなどが加えられている。これについて宮崎は、映画を宗教的な画面にしてしまったことへの忸怩たる思いを隠さず、宿題が残った映画であると発言した。[7]

また、映画版には大国トルメキアと対立する土鬼諸侯連合(ドルク)が登場しない。映画版ではナウシカが伝説の救世主的キャラクターとして描かれるが、その後に連載された漫画版ではそのような記述は抑えられている。

同時上映は、宮崎が1982年にテレコム・アニメーションフィルム在籍時に演出として参加していながらお蔵入りになっていた『名探偵ホームズ』。宮崎の手がけた短編6作品のうち、「青い紅玉(ルビー)の巻」と「海底の財宝の巻」2作品が上映された。後のテレビシリーズとは声優など細部で異なる点がある。

映画完成後、トップクラフトを改組する形でスタジオジブリが設立され、以降の宮崎と高畑勲の長編アニメーション映画を制作する拠点となった。

[編集] 制作体制

映画製作にあたっては、宮崎の漫画を連載していた『アニメージュ』を発行する徳間書店が中心的な役割を果たした。当時、徳間グループは大映を傘下に抱えていたが、アニメへの理解とノウハウがなかったため、大映は製作に関与せず、グループ総帥である徳間康快指揮の下、徳間ジャパンなども含めたグループ総動員で宣伝活動がなされている。

映画は1983年になって始動し、同年5月、プロデューサーに高畑勲が選ばれる。長年宮崎と仕事を組んで来た仲間であり、宮崎の指名によるものだった。当初、自分はプロデューサー向きではないと渋ったものの、徳間書店の鈴木敏夫の説得により受諾し、8月から作画に取りかかる。制作拠点となったのは、宮崎や高畑の東映動画時代の同僚である原徹たちが運営していた「トップクラフト」。主に海外合作を手がけているアニメスタジオであった。ここに宮崎らはフリーで参加するという形を取る。当初、宮崎らは、東京ムービー傘下のテレコム・アニメーションフィルムを制作母体として考えていた。同社は長編アニメーション制作を目的に設立された会社で「ルパン三世 カリオストロの城」もここで制作された。宮崎や高畑は籍を離れたとはいえ、大塚康生などかつての仲間たちも在籍している。宮崎の考える制作環境としてはうってつけだったが、同社は『NEMO/ニモ』の準備に忙しく、一部スタッフが手伝い程度に参加するに留まった。

本作には、それまで宮崎と付き合いのなかった新しい顔ぶれのスタッフも多数参加している。宮崎や高畑が要求する高いレベルのスタッフが「トップクラフト」内だけでは不十分だったこともあり、2人が過去に関係した人材のみならず、鈴木敏夫ら「アニメージュ」関係者も、現場取材を通じて知った人材などをスカウトしてスタッフが集められたためだ。

タツノコプロ系のなかむらたかしや中村光毅、テレビ時代の東映動画の中心アニメーターであるOH!プロダクションの小松原一男、金田パースという独特の作画で人気だった金田伊功、後に『新世紀エヴァンゲリオン』で名を馳せる庵野秀明など、錚々たるメンバーが集結している。個性的なスタッフが揃ったことで魅力ある画面に仕上がった。原画には宮崎の厳しいチェックがあったとされるが、キャラクター描写などにその個性を見出すマニアもいる。庵野秀明は作品ラストの巨神兵のシーンの原画を担当している。庵野は担当シーンの人物作画が全く出来ず”丸チョン”で済ませて宮崎に任せてしまったり、宮崎の指示に不満があってタイムシートを勝手に書き換えたと述懐している(この件に関して、宮崎は黙認したようである)。金田伊功は、その後ジブリと宮崎アニメを支える有力スタッフとなり、1997年の『もののけ姫』まで連続して参加した(本作では人物にパースを付けすぎて、宮崎に大幅に手直しされたという逸話がある)。宮崎が絵コンテを仕上げるスピードが遅かったために、それに応じて作品の規模は縮小している。

映画化にあたってイメージガールが募集され、後に女優となる安田成美がグランプリを獲得して、松本隆作詞、細野晴臣作曲の「風の谷のナウシカ」を歌った。同曲は、当初、主題歌となる旨が発表されていたが、宮崎及び高畑の反対で、劇中本編で使用されることはなく、映画宣伝用のイメージソングとしてEDタイトルに刻み込まれるに留まった。CMや歌番組などで披露された安田の独特な歌い方は視聴者に強烈なインパクトを残し、それなりのヒットを記録する。曲そのものの評価は高く、2007年に発売された「細野晴臣トリビュート・アルバム」でも、坂本龍一と嶺川貴子のコンビでカヴァーされている。

音楽には久石譲が参加している。後に宮崎作品になくてはならない存在になる久石の初参加作品である。当初、久石は映画に先行して発売されたイメージアルバムの担当で、映画の劇伴音楽は前述の安田成美の主題歌を担当した細野が担当する予定であったが、宮崎と高畑が、久石譲のイメージアルバムを気に入ったため、本編の音楽にも起用され、主題歌のみが存在することになった。なお、久石のイメージアルバムへの起用はレコード会社の推薦で、それまで宮崎も高畑も久石の予備知識は何もなかったという。

[編集] 海外版

『風の谷のナウシカ』には、『風の戦士たち(Warriors of the Wind)』というバージョンが存在しており、1985年に米国のニューヨークのみで短期間劇場公開されている。これは低予算映画で知られるロジャー・コーマンが創立したニューワールド・ピクチャーズ社の配給であり、単純明快な勧善懲悪・ヒロイック・ファンタジーを好むと思われる米国の市場に合わせるべく単なるアクションものへと改変されている。ナウシカは「ザンドラ姫」に改名、日本で116分だった上映時間は95分になっている。このバージョンを知らなかった宮崎は、朝日新聞1985年9月17日夕刊「いまアニメの時代」の連載3回目を読んで初めて知り、無断で改変されたことに激怒、結果的にこの改変を許してしまった徳間書店側は宮崎に謝罪したという。

『風の戦士たち』は同年にVHSビデオとしても発売されている。ジャケットのイラストは、巨神兵に乗った正体不明の人物3名が中央に配され、それをペガサスに跨ったやはり正体不明の人物と、メーヴェらしき飛行物体に乗ったザンドラ姫が囲んでおり、日本人が知るナウシカのイメージとは大きく異なっている。さらに『風の戦士たち』の状態で他国に転売されており、イギリス版、スペイン版、フランス版、ドイツ版へと広がっているのが確認されている。フランスではVIP Internationalから『Le Vaisseau Fantôme』(幽霊船)の題で、Blue Kid's Videoから『星のプリンセス(La Princesse des Etoiles)』の題で発売された。[8]

その後ディズニー配下のブエナビスタ・インターナショナルがビデオ配給の権利を得てからは、勝手な改変を施されていないバージョンが各国に配給されるようになった。2005年にDVDで発売されたナウシカの完全英語版(英語タイトル: Nausicaa of the Valley of Wind)[9]は、同年アメリカで最も売れた日本アニメDVD作品となっている。またこのバージョンはカンヌ国際映画祭の「カンヌ・クラシック」部門でも上映され、フランスでは劇場公開が行われた。

[編集] キャッチコピー

本作のキャッチコピーは、「少女の愛が奇跡を呼んだ」であり、これは映画宣伝会社メイジャーの徳山雅也宣伝プロデューサーによるものである。

[編集] 声の出演
キャラクター 声の出演 日本語版 声の出演 英語版
ナウシカ 島本須美 アリソン・ローマン
ジル 辻村真人 マーク・シルヴァーマン
大ババ 京田尚子 トレス・マクニール
ユパ 納谷悟朗 パトリック・スチュアート
ミト 永井一郎 エドワード・ジェームズ・オルモス
ゴル 宮内幸平 フランク・ウェルカー
ギックリ 八奈見乗児 ジェフ・ベネット
ムズ 辻村真人 ?
ニガ 矢田稔 マーク・シルヴァーマン
トエト 吉田理保子
アスベル 松田洋治 シャイア・ラブーフ
ラステル 冨永み~な エミリー・バウアー
クシャナ 榊原良子 ユマ・サーマン
クロトワ 家弓家正 クリス・サランドン
ペジテ市長 寺田誠(現・麦人) マーク・ハミル
ラステルの母 坪井章子 ジョディ・ベンソン
少年 坂本千夏・TARAKO・鮎原久子
少女 菅谷政子・貴家堂子・吉田理保子
コマンド 水鳥鉄夫
ペジテ市民 中村武己・島田敏
ペジテの少女 太田貴子
トルメキア兵 野村信次・大塚芳忠

[編集] スタッフ

* 制作:原徹
* プロデューサー:高畑勲
* 原作・脚本・監督:宮崎駿
* 音楽:久石譲
* 美術監督:中村光毅
* 音響監督:斯波重治
* 作画監督:小松原一男
* 原画:金田伊功、丹内司、なかむらたかし、賀川愛、庵野秀明、高坂希太郎、渡部高志、小田部羊一、篠原征子、二木真希子ほか
* 演出助手:棚沢隆、片山一良
* 制作進行:押切直之、神戸守、島崎奈々子
* 制作:トップクラフト
* 製作:徳間書店、博報堂

[編集] 受賞・推薦

* 毎日新聞映画コンクール・大藤信郎賞
* キネマ旬報読者選出ベストテン1位
* キネマ旬報ベストテン7位
* WWF世界自然保護基金推薦
* 日本のメディア芸術100選アニメ部門選出
* 第2回日本アニメ大賞 大賞
* 1985年星雲賞演劇部門・メディア部門受賞

星雲賞演劇部門・メディア部門
第15回 1984年度
『ダーククリスタル』
ジム・ヘンソン&フランク・オズ監督

第16回 1985年度
『風の谷のナウシカ』
宮崎駿監督

第17回 1986年度
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』
ロバート・ゼメキス監督

[編集] ラジオドラマ

アニメ映画公開前日の1984年3月10日深夜(日付は3月11日)にニッポン放送「オールナイトニッポン」で映画を宣伝する「風の谷のナウシカスペシャル」が生放送された。ゲストは宮崎駿監督やナウシカガールの安田成美。この特別番組内では、約30分のラジオドラマが流された。当時の同種のアニメ映画のオールナイトニッポンスペシャルでは生のラジオドラマも多かったが、本作では事前に収録が行なわれていた。宣伝という性格上、ストーリーと声優のキャスティングはアニメ版に準拠し、途中までをドラマ化し後は映画館で見て下さいという趣向だった。脚色は藤井青銅、演出はドン上野こと上野修。

[編集] ゲーム

劇場アニメ版とのタイアップで、当時の8ビットパソコン用にナウシカを素材としたコンピュータゲームが作られた。1984年に徳間書店がテクノポリスソフトのブランド名で出したMSX用ゲームソフト「忘れじのナウシカ・ゲーム」、PC-6001用ゲームソフト「ナウシカ危機一髪」、PC-8801用ゲームソフト「風の谷のナウシカ」の3作である。アドベンチャーゲームだったPC-8801用のものはともかく、PC-6001用とMSX用はシューティングゲームである。MSX版はナウシカが腐海の蟲たちを撃ち殺してスコアを稼いでゆくという噂があったが、これはガセである。これ以降、ジブリ作品を題材としたコンピューターゲームが一切現れていない。その原因を作ったのはこのゲームであり、このゲームに宮崎や高畑が激怒したためとファンの間では語られる。また宮崎駿がコンピューターゲーム嫌いになったのはこのゲームが原因という記述が井坂十蔵の「宮崎駿のススメ。」にもある。しかし、噂の域を出ないのではないかとの指摘もある。宮崎駿はラピュタの頃のインタビューで「テレビゲームはアニメのライバルだと思ってるからやらない」と語っている。

[編集] 諸設定

(原)は原作に登場,(映)は映画版に登場 を意味する。

[編集] 年代設定

極限まで科学技術が発展した人類の引き起こした「火の7日間」と呼ばれる最終戦争により、文明が滅びた後千年余りが経過した未来の地球が舞台となる。人々の生活様式は、最終戦争以前の高度産業文明の産物を発掘し利用しつつも、基本的には中世を彷彿とさせる水準にまで退行している。

[編集] 風の谷

主人公ナウシカの故郷である辺境の小国。人口は500人程度。

海から吹き付ける風を動力として活用しながら、中世レベルの農業と採取活動により成り立っている。また、潮風により腐海の胞子から守られているが、わずかに届く腐海の毒は人々を確実に蝕んでおり、死産や四肢硬化を引き起こしている。

族長の住む城の大風車で地下500メルテ(作中における長さの単位)から水を汲み上げ、それを貯水池にいったん引いて寝かせてから沸かして飲料用・農業用に用いている。

漫画版では、自治権の保証と引き替えに、族長が招集に応じてガンシップで参戦するという盟約をトルメキアと結んでいる。

ナウシカ(原,映)
風の谷の姫。大気の流れを読み腐海の毒から人々を守り導く「風使い」の少女。16歳[10]。漫画では、王蟲やさまざまな虫の声を聞くことになる。
ジル(原,映)
風の谷の族長でナウシカの父。かつては風使いとして飛ぶことも出来たようだ。身体を腐海の毒に侵されており、ナウシカに谷の行く末を託す。原作ではその病によって死去するが、映画ではトルメキア兵に殺された。
ユパ・ミラルダ(原,映)
ジルの旧友でナウシカの師。腐海の謎を解くためにトリウマのカイ・クイとともに旅を続けている。その剣の腕は腐海辺境一と賞されている。原作ではクシャナを庇い壮絶な最期を遂げる。
ミト(原,映)
腐海の毒による四肢硬化により農作業を離れ城の守りに就いた「城オジ」の一人。ナウシカの忠臣。原作では最後まで生き残ったが、その寿命が近いことが示唆されている。
大ババ(原,映)
齢100歳を超える腐海辺境一の年寄り。「大海嘯」の伝承を語る。(原作ではそれほど重要な人物ではない)
ゴル(映)、ギックリ(映)、ムズ(原)、ニガ(原,映)
城オジ達。ナウシカの初陣に同行する。
トエト(原,映)、ネカリ(原)
風の谷の適齢期を迎えた娘。原作ではユパから婚礼衣装の飾りにとタリア河の石を贈られる。映画では、トエトが作中の年に出産していて、ユパに赤ん坊の名付け親になってほしいと願う。
テパ(原)
風の谷の少女。見習い風使い。訓練中に蟲にぶつかり、落下しそうになるが、ナウシカから訓練中に教わった風の乗り方を思い出し、訓練中に見えなかった、風の層を見分けることができ、見事に無傷で着陸した。この事により、谷の人々に希代な才能を見せつけ、「ナウシカの跡継ぎになるのでは」と期待を寄せられるようになる一方、ナウシカが谷には戻らぬ事を告げる存在となった。

[編集] 辺境諸国

風の谷はもちろん、砂の谷やペジテなど、腐海のほとりにある小国群。人口は少なく風の谷で500人程度、産業文明の遺産であるガンシップと言う高性能小型戦闘機を所有している。漫画版ではトルメキアを盟主として同盟を結んでいる。この地には「火の七日間」を経てもなお、産業文明の技術を伝えるエフタルと言う巨大王国が栄えていたが、王位継承戦争やそれが引き金になって起こった3度目の大海嘯(大規模な腐海の拡大)によりナウシカの時代から300年前に滅亡。以後小国に分裂し、トルメキアの宗主権下に入ったとされる。その名残で辺境の人びとは、国に関わらずみずからをエフタルの民と称しており、風の谷の場合「エフタル風の谷の民」となる。

腐海のほとりということもあり、毎年多くの都市が腐海に飲み込まれ、人が住める土地が減っていっている。

恐らくトルメキアには存在しないと思われるガンシップを所有しているため、(ガンシップのような高性能戦闘機開発技術は産業文明が生んだ直系のもので、エフタルに受け継がれ、トルメキアでは失われたものと考えられる)同盟国であるトルメキアにとって貴重な兵力調達先となっていた。トルメキアの南下作戦に際してクシャナらによって徴兵されたが、土鬼軍の罠によりトルメキア軍はクシャナの乗るコルベット単艦を残し全滅。自ら志願したナウシカを除く全ガンシップは帰路に着いた。更に土鬼が辺境の地を狙っている事を知り、再びトルメキアに徴兵されることを嫌った国々はトルメキアとの同盟を破棄し、土鬼の襲来に備え再びエフタルの旗の下に集い連合を組んだ(しかし、土鬼マニ族が神聖皇帝のやり方に疑問を感じ作戦を中断し、ペジテの巨神兵を漁るだけで帰還したため、土鬼の来襲は実現しなかった)。

映画版では風の谷とペジテのみ登場し、巨神兵の捜索をしていたクシャナが辺境の国々を統合し国家を建設しようとしたが失敗した。

なお、実際に5世紀中頃から6世紀中頃にかけて、中央アジアにエフタルと言う国家が存在している。突厥とサーサーン朝ペルシアによって地上から抹殺された遊牧民国家で、民族ごと破壊されたために、彼らが残した文明的痕跡はなく、謎に包まれている。

酒屋の主人(原)
工房都市セム市に属する超硬質セラミック鉱山街の酒屋の主人。ユパが立ち寄った際、クイを娘のエアが勝手に預かってしまったため、対処に困り1000ルミィで売り飛ばそうとした。
エア(原)
酒屋の主人の娘。ユパに頼まれクイを預かっていた。父親がクイを売ろうとした事に激怒し街中で親子喧嘩をした。2巻と4巻で顔のデザインが若干違う。

[編集] トルメキア

風の谷からはるか西方(漫画版付属の地図では東方)にある、強大な軍事力を誇る軍事国家。辺境の族単位の小国群を従えている。

映画版は帝国。トルメキアは風の谷と主従関係は存在せず、突然辺境諸国を征服しに来た軍事国家として描かれる。

漫画版では王国、都はトラス。漫画版では特に東ローマ帝国をモデルにしていると思われる。国王はヴ王と称し、子は3人の皇子と1人の皇女クシャナ(末娘)。映画版では王族はクシャナのみ登場し他の王族は不明。主な構成人種はヨーロッパ系の白人で、アジア系の土鬼と対置されている。

漫画版で描かれる土鬼領サパタ諸侯国における籠城戦はオスマントルコ帝国によるコンスタンティノポリスの包囲を彷彿とさせる。クシャナ配下の騎兵が電撃的な機動戦を展開して城塞を包囲する土鬼の攻城砲台群を壊滅させてゆく様が躍動的に描かれており、また城外に討って出たクシャナの用兵や装備等は近世の西・中央ヨーロッパを参考とする等、イメージの元となるものは様々である。

トルメキアの王族による王位継承争いは古くからの伝統で物語中も過酷である。クシャナの母(王妃)が主張するには「正統なトルメキア王家の血を引くのはクシャナのみ」ということであるが、ヴ王自身はオーマと対峙した際、自身の血筋をして「我が血は最も古く、しかして常に新しい」ことを誇っているので、ヴ王も相当有力な出身のようである。おそらく、ヴ王は王家の直系の王族であるクシャナの母と政略結婚することで王位につけたのだろう。3人の皇子の支持者は正統な王位継承権者のクシャナを幼いころに毒殺しようとしており、身代わりの母が精神に異常をきたす。これが元で、クシャナは父と兄達への復讐を誓うことになる。

3皇子はクシャナの兄なのに「正統な王家の血を引いていない」とすると皆ヴ王の連れ子(前妻との間との息子)ということになる。特に第3皇子とクシャナの対立は激しく、兄達は彼女の軍事力を削ごうと、わざと不利な戦線へ派遣したり、無謀な作戦を実行させたりした。この結果、当初6,000人いた第 3軍は最終的に200人まで減少してしまう。更に敵に有利な情報を漏洩させたり生々しい兄弟同士の争いを描かれており、クシャナは3人の兄たちと父を『毒蛇・肉塊の化け物』と言っており、ヴ王にして『王宮には、ゴミの如き王族、血族が犇いている』と言わしめた(トルメキア王家の紋章である、互いに争う双頭の蛇は、これらの王家代々の骨肉の争いを象徴していると言われている。ここも、在りし日のローマ帝国を彷彿とさせる)。

漫画版最後で3皇子が行方不明になっていたため、崩御寸前のヴ王からクシャナに王位を譲られたが、クシャナは生涯代王として王位には就かず、以後トルメキアは「王を持たぬ王国」になったとされる[11]。原作中でクシャナは「すでに王はいる」と語っており、おそらくそれはナウシカの事であり、故に代王と自らを称したのであろうことが推測される。

クシャナ(原,映)
トルメキアの第4皇女。容姿端麗かつ優れた軍人であり、トルメキアの誰よりも兵から絶大な信頼と忠誠を得ている。その卓越した戦術的能力と部隊全体を鼓舞するカリスマ性から、敵からは「トルメキアの白い魔女」と恐れられている。非常に思慮深く聡明な女性だが、王家の人間としての帝王学からか冷徹にすら見える態度を貫き、喜怒哀楽など個人的な感情を表に出す事は少ない。しかし母親への侮辱だけは許さず、逆上し怒りをあらわにする事がある。戦乱の中、ナウシカやユパとの出会いを経て真の王道に目覚めていく。
原作では土鬼の王蟲の幼虫を使った作戦で艦隊を失うが、それが兄の陰謀だと知り命令どおり南下を続ける。その後、第3軍主力と合流するため土鬼の地へ入り、唯一生き残っていたサパタに駐留していた本隊と合流した。そして攻城砲破壊後、部隊を脱出させるための船を奪取するため、カボの基地へ向かうが、蟲の襲撃を受け失敗。ユパに助けられサパタへ帰還するも、すでに壊滅した後だった。その後ナムリスに捕縛されるが、面会時の会話から、彼とは以前よりお互いのことをよく知っている様子である。そして、第3軍本隊の命とトルメキアの王位継承権と引き換えに政略結婚を受諾。ナムリスと供にトルメキアへ侵攻しようとするが、叛乱を起こして船を掌握。ヒドラに衣服を破られたナウシカに自らのマントを手渡した後、巨神兵と供に飛び立つ彼女に『シュワで会おう』と約束する。墓所の主を自分の目で確かめようとしていたが、ナウシカが先に封印した為、叶わなかった。
映画版では過去に蟲に襲われ片腕を失っており(「我が夫となる者はさらにおぞましきものを見るだろう」と述べていることから、体の他の部分も失われているらしい)、その腕は義手になっている。その境遇故か巨神兵をトルメキア本国に引き渡す事を良しとしておらず(クシャナ曰く「本国の馬鹿どもの玩具」に成り下がるという)、その強大な力で腐海を焼き払い旧時代のような人間が支配する世界の再建を目論む。成長途中の巨神兵を目覚めさせ、ペジテの策略により風の谷へ突進する王蟲の群れを撃退しようとするも失敗。殺到する王蟲の群れに飲み込まれたが、文字通り奇跡の生還を果たした後、風の谷を後にした(スタッフロールでクロトワらを従え風の谷から撤退する様子が確認できる)。また腐海と蟲を忌々しいものとして嫌悪し、それら全てを人類に対する害悪と全否定するクシャナは、腐海と蟲の存在意義を理解し受け入れようとするナウシカのアンチテーゼとして映画版における重要なキーパーソンといえる。
クロトワ(原,映)
軍参謀。平民上がりの野心家。ヴ王から秘石の入手と供に、クシャナの監視・謀殺の任務を命じられていた。しかしそれもクシャナに見破られ、お偉方の秘密を知り過ぎた故に、いずれにせよ自分は抹殺されると悟りクシャナの側に付く。原作では軍人ならびに参謀としては優秀な人物である。元コルベット(ボロ船)乗員だったため操船術にも長けており、叩き上げである事からか兵からの人望も厚い。カボ脱出時に重コルベットに激突され重傷を負うも、しぶとく生き残る。
映画版ではクシャナ直属の軍参謀として登場。原作にある謀略の手先という設定は削除されているため、実質クシャナを頂点とする軍の中間管理職の一人にすぎない。しかしクシャナが行方不明になった際には部隊の全権を掌握しようと目論むなど、野心家としての設定は健在である。また成長途中の巨神兵に『可愛い化け物』と語りかけ、クシャナが腐海から生還した事を知るや『短ぇ夢だったなぁ』と呟き、元の職務に戻るなどよりシニカルな人物に描かれている。
セトル(原)
第3軍兵士。階級は二曹。焼き払われた村に補給に訪れた際に、井戸の中に居た羽蟲に襲われた。その際、瘴気を吸ってしまい生死の狭間を彷徨うも、ナウシカが彼の肺に溢れた毒の血を直接口で除いたことで、呼吸が落ち着き一命を取り留めた。
セネイ(原)
第3軍士官。クシャナの忠臣。主力がサパタから脱出後もカボへ向かったクシャナを待っていたが、ヒドラの襲撃を受け死亡。
将軍(原)
3皇子によりサパタ駐留の第3軍の指揮官として送り込まれた。将校ではあるが無能な人物。土鬼の攻撃が迫った際、兵士を見捨てて逃げようとするが失敗。兵士達にクシャナを逮捕するよう命じるが、誰も従おうとしなかった。その後クシャナと供に攻城砲破壊に出撃するが、攻城砲の直撃を受け死亡。同じ将軍と言う事か、ラピュタのモウロ将軍と顔が似ている。
ナウシカを守る為に駆けつけた分隊の隊長(原)
ナウシカが第3軍本隊の退路を確保する為、単独行動を取った際に駆けつけた第3軍所属分隊の隊長。彼女を守るべく装甲兵4騎を引き連れナウシカの元へ駆けつけた。ナウシカはカイの脚力で切り抜けようとしていた為、迷惑がっていたが、彼らの働き無しでは包囲網を突破できなかったと言ってもいい。飛び交う銃弾から盾となって彼女を守り戦死した。出陣の際、クシャナからナウシカを紹介された時、兜を外して挨拶した装甲兵は彼と思われる。
ナウシカを守る為に駆けつけた分隊の兵士(原)
ナウシカを守る為、駆けつけた第3軍所属分隊の5騎(隊長+4騎)の一人。仲間が次々と脱落していく中、最後まで彼女を守り続け、ナウシカが撃たれて意識が遠のき落馬しかけた際には、銃弾で撃たれながらも『手綱をとれっ。走れ、走るんだ!!』と彼女に檄を飛ばした。ナウシカが意識を取り戻すと同時に自らも倒れ、彼女を追ってきた土鬼騎兵と供に自爆し戦死した。
ヴ王(原)
トルメキア国王。先王の血を引くクシャナの謀殺を図っていた。第1、第2皇子が蟲が来たことを口実に逃げ帰ってきた為、壊滅したトルメキア軍を再編し、自ら軍を率いてシュワへ急襲を仕掛ける。その後、聖都シュワを制圧したが、墓所内へ侵入出来ずに苦戦していた所で巨神兵(オーマ)と遭遇。彼に『墓所の中に居る人物と交渉したい』と墓所の前まで誘導するが、オーマはナウシカの命令に従い墓所を封印しようとする。その後、プロトンビームの撃ち合いになり、シュワもろとも主力部隊も全滅。しかし、全兵力を失ったことで墓所の中へ案内される。そして後で入ってきたナウシカと共にシュワ墓所の秘密を知り、墓所の主の要求を拒否。墓の主の最後の光からナウシカを庇い致命傷を負う。脱出後、クシャナに王位を譲り死去。遺体はシュワの地で荼毘に付された。
3皇子(原)
クシャナの異母兄3人。ヴ王の命で第2軍を率いて土鬼に侵攻する。第3皇子は蟲の襲撃で死亡。第1、第2皇子は先に撤退し本国へ逃げ帰るも、ヴ王の逆鱗に触れ(どれ位の兵を失ったかヴ王に問われた時『損害は軽微』と嘘の報告をしたため。実際は全兵力の3分の2を失い、既にそれを知っていたヴ王に『それは全滅と言うのだ!!』と怒りを買った)、戦争が済むまで帰還を禁じられ、国境を固めるよう言い渡される。しかし、ヴ王がシュワ出撃したのを聞いて自らもシュワへ出撃。途中でナウシカとオーマに接触し、彼らを利用しようとするも失敗。ナウシカへの同行を申し出て彼女と同行する。その後、立ち寄った廃墟にてヒドラに幻想を見せられ、本来の目的を忘れ至福の時を得た。
道化(原)
ヴ王の宮廷道化師。ナウシカと相対するために墓所の主に体を乗っ取られる。後にクシャナの王位継承の証人とされる。

[編集] 土鬼諸侯連合

「土鬼」は「ドルク」と読む。映画版には登場しない。

トルメキアと拮抗する勢力である国家連合(皇帝領、7つの大候国、20余の小候国、残りは小部族国家)で、神聖皇帝とその下の官僚機構である僧会が全51種族侯国を統べている。宗教色が強く、各侯国の族長が僧侶であったり、国政を儀式化している部分もある。代々超常能力のある神聖皇帝の家系が治め、当初は超能力を持ちその体の劣化のため沐浴槽の中で過ごす皇弟ミラルパが実質的統治者として治めていたが、彼は謀殺され、以降は超常能力は無いが不老不死である実の兄の皇兄ナムリスが実権を握る(勘違いされる事が多いが、あくまでも神聖皇帝はナムリスであり、超常の力がなかったためにミラルパに実権を奪われてしまった)。皇弟ミラルパは熱心な宗教家であった(本来は土民を支配しやすいように宗教を利用していたのが、いつしか自分ものめり込んでいった。その事をナムリスは「嘘も100年くり返すと、本人まで信じる始末」と笑い飛ばした)のに対し、皇兄ナムリスは無神論者であり、弟から実権を奪回すると、苛烈な宗教排斥(僧会の解散、僧侶の虐殺など)を行った。国も一枚岩な訳ではなく種族・部族間の揉め事が絶えず、物語中でもナウシカから子供を託されたサジュ族の女性が、それを目撃した仇敵であるサパタ族の人間に誤解され『トルメキアに通じ、たらふく食っていた』と因縁をつけられた挙句『汚ねぇサジュ族の女』と罵倒されチヤルカの前に引きずり出される等(チヤルカが機転を利かし事なきを得た)、内紛の火種を抱えた状態にある。

漫画版では、腐海の拡大による農地の減少によって発生した食糧危機が原因でトルメキア辺境への拡大侵攻を開始した事情が明確に描かれており、単なる悪役ではなく、またトルメキア辺境を侵攻する土鬼の人びとも同様に居住地を追われた土鬼辺境の人びとであり、弱者がより弱い者を探して虐げ搾取する、それ故に侵攻される側としても到底受け容れることもできず互いに潰し合うしかないという、人の業を体現する存在として描かれる。また、「自殺兵」と呼ばれる特攻兵士が爆弾を抱えて突撃してくる等、苛烈な戦術を用いて、戦いの不毛さを体現する役回りも演じていた。当初はマニ族、ビダ族がクシャナ率いる南下部隊を壊滅させた後、北上して辺境へ侵攻する手はずだった。しかし、南下部隊を壊滅させたものの、皇弟のやり方に疑問を感じたマニ族の僧正は作戦を中断し帰還。皇弟に異議を申し立てるも、聞き入れられず処刑された。さらに、トルメキア本土に対し使用を試みていた粘菌兵器が暴走し国土が疲弊し、北上作戦自体が中断。神聖皇帝ナムリスが復権しトルメキア侵攻を計画するも、ナウシカの説得とクシャナの反乱、ナムリスの死亡のため実現することはなかった。

以前は土王と呼ばれるクルバルカ家(その末裔のチクク〔ルワ・チクク・クルバルカ〕が登場する)が治めていたが、時代が下るごとに圧政と狂気に満ちた政治になっていったため、ミラルパやナムリスの父である先代の神聖皇帝により追放された。しかし土鬼諸国の庶民の間には、いまだにクルバルカ家に対する崇敬や、神聖皇帝と僧会によって禁止されたはずの土着宗教の信仰が密かに残っており、僧会の布教と土着信仰が混同されているところもある。

「火の七日間」で焼き尽くされる以前の技術が、聖都シュワにある墓所に封印されており、神聖皇帝や土王などこの地の君主達は墓所とその内部の研究を保護しつつ、墓所の主から君主としての権威を承認され墓所の技術を利用してきた。トルメキアとの戦争でも、墓所のもつ古代の技術(ミラルパの100歳と言う長寿やナムリスの不老不死の技術も含む)を利用し、腐海の植物を人為的に強毒化させたり、巨神兵を蘇生させるなどして戦争を有利に導くはずだったが、逆に大海嘯で国土が飲み込まれ、沿岸部を残し消滅した。

マニ族僧正(原)
マニ族の長で、神聖皇帝より北上作戦の先遣隊として派遣されていた。王蟲を使ってクシャナの艦隊を壊滅させたものの、王蟲を止めたナウシカが古き伝承にある「青き衣の者」であると感じ、作戦を中断し帰還する。そして、蟲使いの村で王蟲を培養していることを知り、これを破壊しようと試みる。その後、ユパの協力を得て王蟲の培養槽の破壊に成功するが、謀反の疑いを掛けられ脱出に失敗、光臨した皇弟ミラルパと対峙する。僧会の傲慢さと皇帝の驕慢を批判し、大海嘯を自分達でまねきよせ破滅への道を進んでいると進言したが、背教者と見なされ、ユパたちを助けるため自ら人壁となって壮絶な最期を遂げる。その後も霊となりながらもナウシカを守った。
ケチャ(原)
マニ族の娘でエフタル語を解する(当初は訛りが酷かったが、ユパ達と行動を共にする内にエフタル人と変わらないアクセントで話せるようになった様で、撤退中のトルメキア人に〔顔を隠していたとは言え〕土鬼語で話すまで気づかれなかったほど)気性は激しい。僧正の死後アスベルやユパと行動を共にする。なお粘菌に追われて避難中の人々に道を聞いた際、ビダ族と間違われたことからマニとビダ両部族には血統の違いは無い様である。
オジル(原)
マニ族の兵士。ナウシカが土鬼と初めて接触した際に登場。ナウシカを気に入り手篭めにしようとしたが、ナウシカの反撃に遭い、その際マスクが剥がれ瘴気を吸って死亡。ケチャに『死んでも泣く者のない嫌な奴』と言われ、僧正も彼が死んだことを咎めず『(彼の)無礼を許してくれ』と謝ったり、マニ族の人々も同族を殺したはずのナウシカ達に寧ろ友好的だったりと人望は無かったようである。
ミラルパ(原)
神聖皇弟。超常の力を持つために兄ナムリスを差し置いて帝国の実権を握っている。兄によると即位して初めの20年は名君として臣民のことを案じていたが、やがていつまで経っても愚かな民衆に絶望し、恐怖政治へと移行したらしい。老いと死を何より恐れており、シュワの墓所の技術で延命処置を行っているが、幼少時のトラウマから移植を嫌い、沐浴などの化学的処置で長寿を保っている。その為、肉体がすでに限界に達しており、長時間外の空気にふれる事の出来ない体になっている。3 巻では比較的見た目の若いのに対し、4巻では長時間沐浴をしていなかった為に髪が全て抜け落ち、皮膚もシワだらけになり、目が窪むなど急激に老化が進んだ。その後、ナウシカを葬り去ろうと精神だけで接触したが反撃を受け失敗。治療の為に聖都シュワで沐浴していた所をナムリスによって薬液に毒物を入れられ謀殺された。肉体の死後も魂とも言えるその影はさまよい続け、ナウシカに乗り移ろうとしていたが、ナウシカによって救われ成仏した。
ナムリス(原)
神聖皇兄。超常の力が無かった為、帝位に着きながらも実権を弟に奪われていた。弟と違い体が分解する恐怖を克服し、肉体移植により若さを保っている。極めて狡猾かつ冷酷な性格で、トルメキアに侵攻しようとしている事を「愚行の繰り返し」と開き直り、人間の営みを「いじましくみみっちい」と切り捨て、ユパに人民を救出しないのかと問われ「艦を難民船にしろと言うのか?」と吐き捨て土鬼の民を見殺しにしようとしたりした。治療のため帰還した弟を謀殺。実権を取り戻し、ヒドラ達を率いて自ら出陣する。そして、クシャナの持っているトルメキアの王位継承権と第3軍精兵の持参金を狙い彼女を捕縛し政略結婚を図る(その時のやり取りから、お互いに顔見知りのようである)。その後、巨神兵を伴い難民たちと供にトルメキアへ侵攻しようとするが、ナウシカが難民たちを説得し土鬼諸侯の殆どが離反。ナウシカと対峙し辱めようとするが、彼女を母親と認識した巨神兵に左腕と胃袋を吹き飛ばされ瀕死の重傷を負う。その時に体はヒドラと同じにしたと本人が語っており、肉体をヒドラに置き換えることで不死身になっていたものと思われる。クシャナに胸座を掴まれた時に首がもげたが、頭だけになってもしゃべっていた(ただし苦痛は人間のまま)。巨神兵が飛び立ったときの光圧で船から落下し、その後の消息は不明。
初代神聖皇帝(原)
ナムリス、ミラルパの父。かつては民衆の救済を願う少年であり、「人類を救いたい」と書き残して庭の主の許から連れ出したヒドラと共にクルバルカ家を滅ぼし帝位に就く。しかし、結局は人間の業に負け虚無に喰われ、土民を愚民としか見なくなり、過去の人の歴史と同じ過ちを繰り返していく。肉体移植により長寿を保とうとしたが、まだ完全な技術では無かったため、何らかの異常により身体が分解して肉片の塊となって死亡。その場に居合わせた事が、ミラルパが移植を拒む理由になっている。
博士(原)
土鬼の僧会に仕える科学者の総称。墓所に封印された技術を使い、皇弟の延命措置や皇兄の不老不死化の手術、粘菌やヒドラの培養・育成、巨神兵の蘇生などを行っていた。実際は『聖なる文章の解読と検証にすべてをささげる教団』に属しており、自らを『墓所の主の下僕として中に住まうことを許された選民』であると語っている。博士として表舞台に出てくるのは教団が養成した下人である。恐らく下人以外は全員ヒドラ。そして、下人にはシュワの墓所についての詳しい事柄は知らされていないようである。
ヒドラ(原)
墓所の秘術により生み出された身長3m程の人造兵士。怪力で人間の力では歯が立たない。サボテンの様な体表を持ち、頭部を破壊されない限り死なない。知能は低く共食いさえする。ナムリスが長年かけて手懐けていた。ヒドラ使いは歯に細工をして独特の音を出してヒドラを操っている。
チクク(原)
クルバルカ家の末裔の少年。本名ルワ・チクク・クルバルカ。砂漠の中のオアシスで土着宗教の僧達と供に暮らしていた。大海嘯の余波(粘菌を積んだ土鬼の戦艦が瘴気を撒き散らした)でオアシスに蟲が来襲。腐海に没する危険性があった為、ナウシカと供に脱出。以降は彼女と行動を共にする。メーヴェに乗っていたナウシカを『白き翼の使徒』と確信し慕っている。非常に強力な超常(念話)能力を持っているが、幼いゆえ少々もてあまし気味である。人々を助ける為とはいえ、むやみやたら使う為、彼らを庇うチヤルカを冷や冷やさせる。人と接する機会が少なかった為、目上の人物に対してもタメ口である。
上人(原)
ナウシカがマニの僧正の他に敬愛する人物で、チククと共にオアシスに隠れ住んでいた土着宗教の僧で唯一の生存者。既に死亡したと思われる他の僧と共に墓である祠の奥に暮らしていた。ナウシカに神聖皇帝に追放されこの地に来たことや、土着宗教の古き教えを聞かせる。ナウシカに『大海嘯を止める術は無いのか』と問われたことに対し『滅びは必然であり、世界が生まれ変わる試練』と答えた。『優しく、猛々しい風』が来たのを確信すると同時に老衰で死亡。以降はナウシカの前に現れる虚無が彼と同じ姿で現れる(なお、蟲が迫った時『永く待っていた風が来ました。優しく、猛々しい風が…』との発言が。永く待っていた大海嘯が始まったと解釈できるが、逆に大海嘯を止める事を諦めない存在〔ナウシカ〕が現れたとも解釈できる為、どう取るかファンの間で意見が分かれている)。
チヤルカ(原)
軍司令官。僧兵上がりで超常の力は無い。ミラルパの忠臣で、攻城砲全滅の責任を問われ司令官を解任されるが、その後も彼に重用された。ナウシカやチククとの出会いにより国土や国民を大海嘯から救おうとする。ナウシカが行方不明となったのを聞き飛行ガメで救出へ向かう。そこでセルムから腐海や粘菌を含む自然の営みを聞かされ自らの愚かさに気づく。ナウシカ救出後、セルムとチククに彼女を託し、宿営地へ帰還するがナムリスに捕縛される。そして、見せしめに処刑されかけるがナウシカとチククに救出され、生き延びた人々を率いて海岸沿いの高台へ避難させた。
粘菌を積んだ艦を爆破時に死亡したと思われていた為(実際はナウシカに救出され、行動を供にしていた)、報告があった時に『僧会や皇弟様にとって大変な痛手となった』と言われ、処刑時にナムリスからも『殺すには惜しい人物』と評されたことから、その能力を高く評価されていたことが伺える。人柄もよく、サパタ族の人間に因縁をつけられていたサジュ族の女性を助け、子供たちの名札を作りケドの地への移住を手配したり、サパタ長老の失言を『聞かなかった事にしよう』と見逃したり(口を慎む様、厳重注意はあった)、粘菌をばら撒く事を考え直すようミラルパに直訴したり、僧兵の前で邪教のお経を唱えた民衆を異常事態であるからと見逃し、『白い大きな鳥〔ナウシカ〕が助けに来た』と語る人々に口外しない事と念を押すだけで不問にした事からも良く出来た人間であることが伺えるが、司令官と言う役職柄恨みを買うことが多く、人民の救出に奔走していた事実を知らない者の評価はかなり悪い(現にマニ族からは『悪党』呼ばわりされている)。
チヤルカと供にナウシカの救出に向かった僧兵(原)
名称不明の僧兵。ナウシカ救出に向かうチャルカ達に同行し、飛行ガメの操縦を担当した。ちょい役だが6巻の1/3ほど出ずっぱりでセリフも多く、特に『僧官殿!』とチヤルカを呼ぶシーンはインパクトがあり、割と存在感がある。ナウシカ救出後、チャルカと供に宿営地へ帰還するが彼がどうなったかは不明。
庭の主(原)
シュワから20リーグほど離れた廃墟に住むヒドラ。瞬時に人の心を探る能力を持つ。訪れた人の心に入り込み、悲しみや苦痛を忘れさせ下僕としてしまう。今までにこの呪縛をといた人物は先代の神聖皇帝とナウシカのみ。決まった姿を持たず相手に合わせて変えており、ナウシカの前に現れた姿は母親に似た女性。実は古の詩や曲、古代の生物などの文化を伝える役目を担っていた。
墓所の主(原)
シュワの墓所の地下に存在する球体の肉塊。「火の七日間」以前の超技術や腐海の秘密を守り続けており、夏と冬の年2回、1行ずつ表面に古代文字が浮き出てくる。実は墓所全体が一つの生物であり、オーマの攻撃で真っ二つに裂けたが、自ら傷口を塞いでいた。彼も又ヒドラであり、千年前に作られた神の一つである。協力を拒否したナウシカとヴ王を希望の敵として抹殺しようと図るも、ミトやセルムの妨害に遭い隙が出来たところをオーマの命を掛けたプロトンビームを受け傷口が再び破れる。そして最期は傷口に沿って這い上がってきたオーマに握りつぶされ悲鳴と供に崩れ去った。
その体液は王蟲と同じ成分で、より深い青色であった。

[編集] ペジテ

トルメキアと同盟を結んでいる小さな都市国家。火の7日間以前の遺跡からエンジンやセラミック装甲等を発掘しては加工供給する工房都市である。このペジテで巨神兵の「卵」(漫画版では骨格)が発掘され、それを狙ったトルメキアの侵攻を受けた事から物語は展開する。

漫画版では、クシャナ率いるトルメキア親衛隊に滅ぼされ、避難民船も蟲に襲われ墜落しアスベルを残し全滅してしまう。

映画版では、生き残りの避難民達は巨神兵を使い腐海を焼き人間の世界を取り戻すことを最終的な目的にし、ペジテに駐留するトルメキア軍を壊滅させるため王蟲を使ってみずからの国を滅ぼす。そして巨神兵奪還のため風の谷に王蟲を向わせるが、ナウシカの命がけの制止により王蟲は止まり、作戦は失敗する。以後については語られていないが、エンディングで風の谷の人とペジテの人が供に、農作業をしているような場面があったため、風の谷に移住したと思われる。

なお「ペジテ」という地名は、以前に宮崎の漫画「砂漠の民」で主人公の属する民族・ソクートの王都として登場している。

アスベル(原,映)
ペジテの王子。トルメキアへの復讐心に捕われていたが、ナウシカとの出会いにより世界を救うために行動する。腐海からの脱出時にナウシカと供に土鬼マニ族の捕虜となるが、ナウシカを逃がすためにマニ族に留まる(その際、マニ族僧正を人質にしたため、ナウシカを逃がした後に袋叩きにされる)。そしてマニ族の戦士として潜伏。訪れた蟲使いの村にて僧正、ケチャ、潜入していたユパと協力し王蟲の培養槽を破壊。脱出に成功するものの僧正が彼らを庇い死亡。その後、乗っていた船を撃墜され森の人に保護される。そして、腐海から脱出後、ミト達と合流。以後はガンシップの前席を主に担当し、ナウシカを追って再び腐海へと入った。その時、クシャナと合流した際、切りかかろうとするがユパが仲裁に入り事無きを得る(ただ、完全に和解した訳ではない)。その後、ナムリスが北上作戦を試みた際にはマニ族を説得し、ナウシカに秘石を渡した。そして、シュワへ向かったナウシカを追うため、再びガンシップの前席を担当。シュワへ到着後、巨神兵のプロトンビームの余波を受けエンジンを損傷。ミトと『生き残ったほうが、ナウシカに生きるよう伝えよう』と約束を交わし墓所の中へ侵入を試みる。主の元へはたどり着けなかったが、オーマが死亡し悲しみに沈んでいたナウシカと、瀕死のヴ王らを収容し、墓所の中から脱出。ケチャと抱き合い喜びを分かち合った。
映画版では、当初は巨神兵を使い腐海を焼くことには賛成だった。ナウシカに『クシャナと同じこと』と指摘されても考えを改めることは無かったが、目的の為に自らの国も滅ぼし、罪も無い人々を殺す部族の人々に失望し考えを改める。捕らえられたナウシカを逃がそうとするも、背後から殴られて失敗。後に母親と供に替え玉を使うことでナウシカを逃がすことに成功した。王蟲が止まり、トルメキアが風の谷から撤退した後、ユパと供に旅に出た。
ガンシップを使いバカガラスを撃墜する場面で、原作では前後でそれ程変化は無かったが、映画版では目が釣りあがり瞳も鋭くなるなど、後で現れたアスベルとは別人と思えるほど悪人面に変わっていた。
ラステル(原,映)
アスベルの双子の妹。ペジテの王女。乗っていた難民船がトルメキア軍の追撃をかわすために腐海に侵入した結果、蟲に襲われ風の谷の近辺で墜落する。墜落した船体の残骸の下から瀕死のラステルを発見したナウシカに看取られて息を引き取る。この時ナウシカに、兄へ渡してくれるよう言伝て秘石を託す。
映画版ではトルメキアの大型輸送船に乗っており、手錠をかけられていたことから、人質としてトルメキア本国へ護送される途中だったと推測される。その際、乗っていた輸送船が積んでいた巨神兵の重さに耐えられずに腐海へ侵入して蟲を殺してしまった為、蟲に襲われ風の谷の岩壁に激突、墜落してしまう。この時、原作と同じくナウシカに看取られるが、映画版においては苦しい息のもと「積荷を燃やして」と頼み息を引き取る。また、ナウシカに発見された際、服のボタンを外したナウシカが顔をしかめ、ボタンを閉め直したことからトルメキアの兵士に暴行或いは拷問を受けていたか、クシャナと同じく蟲に身体を食われていて既に助からない状態、または輸送船が腐海に侵入した際に瘴気を吸い込んだために肺が腐っていたので助からない状態と判断されたと思われる。
ラステルの母(映)
ペジテ残党に捕らえられたナウシカを逃がす。
族長(映)
王蟲を使ったトルメキア軍壊滅作戦を進める。族長と言う事はペジテの王族と思われるが、アスベルとラステルの父親かどうかは不明。

[編集] 蟲使いと「森の人」

いずれも映画版には登場しない。

蟲使いは、蟲を操り遺跡や墓所を探索して宝物を探し当てるのを生業にしている者達である。強烈な悪臭(おそらく、風呂に入る習慣が無いため、あるいは蟲の発する臭い)と死体を好んでまさぐり金品を盗る事、探索用の蟲を連れている事から、一般の人びとには忌み嫌われている。腐海内の換気装置を備えた岩穴に住んでいる。

かれらの発祥は、かつての王国、エフタルの武器商人の末裔であると言われている(しかし、ユパによると森の人が蟲使いの祖であるという伝承もある)。300年前、エフタルの王位継承をめぐり、武器の材料として大量に王蟲狩りをしたため大海嘯が起こった。11の部族が存在したらしいが、長年の間に 3つの血が絶え、8つになったらしい。子孫を残すため、自分たちの子供だけでなく、戦争孤児を育てることもしている。

今回の戦争では、トルメキア・クシャナ軍に秘石の探索用に、土鬼側にはオトリ用王蟲確保のためにそれぞれ雇われている。終盤では、各部族から1人ずつ選ばれた屈強な若者たちがシュワに向かうナウシカと行動をともにする。

その蟲使いたちが恐れ敬うのが「森の人」である。作中では蟲使いが「森の人」に対して「住んでいる森に勝手に入って申し訳ありません。すぐに出て行きます」という旨の謝罪をし、いつもはなりふり構わず持っていく墜落した船のエンジンすら置いて帰った。
火を使わず、蟲の腸を衣とし、卵を食べ、体液で作った泡を住処とするかれらの生活様式は、人間と腐海・蟲との共存の一つの形であると言える。また、地上で暮らす人々が使っているマスクよりも彼らが使っているものの方が性能が良く、蟲の体液のテントも腐海の瘴気に耐えられるものである。しかし彼らの素性などは謎につつまれており、多くは語られていない。一説には、エフタルが滅びた際に腐海に入ったエフタルの民(おそらくは王族)では無いかとも言われるとユパが語っている。セルムが「私の祖父と母は蟲使いの出です」とナウシカに語っていることから、蟲使いたちとの関わりも深いようである。

博識のユパさえも実在したことに驚いたほど、外界と接触を持たず、ある種の伝説とされてきた「森の人」だが、ナウシカの考えなどとは繋がるものがあったようだ。なかでもセルムは彼女を孤独の淵から救い、「森の人」しか知らない腐海の秘密を教えた。また、シュワでは肉体を離れて傍に立ち、ナウシカの旅を支えた。1度一緒に来てくれないかと誘ったが、ナウシカは、地上で暮らす人々を愛し過ぎていること、1つ1つの命と関わってしまう自分と対照的に「森の人」は時の流れの中に身を置いている、ということなどを理由に断った。ただし、物語が終わった後のナウシカの消息について、ある伝承は森の人の元へ去ったとも伝えている。

セルム(原)
「森の人」の長の息子。腐海の異変を調べるために派遣された。腐海に墜落したユパたちを救い、ナウシカを導く。
セライネ(原)
セルムの妹。ユパたちを救った時にケチャと仲良くなっている。また、そのあとセルムたちとは別行動をとっていたらしい。独り王蟲の群れを追うナウシカと会い、壊れていたナウシカのマスクを修繕する。

[編集] 腐海

巨大な菌類・苔類・シダ類からなる森である。蟲と呼ばれる巨大な節足動物が多数棲んでいる。

腐海植物は、猛毒の瘴気を出すため、腐海内では蟲以外の動物は防毒マスクなしには生きられない。胞子の生命力は強く、僅かでも胞子を持ち込めばその地は腐海に覆われる。腐海周辺の人びとは、都市に胞子を持ち込まないように注意を払っている。胞子は発見され次第、迅速に焼却される。

作品中で、人びとを脅かす腐海の植物群は、科学文明によって汚染された大地を浄化させるために生まれた存在であることが判明する(漫画版では、自らの過ちを悟った科学文明によって人工的に創り出されたものであることも明かされる(バイオレメディエーション))。

瘴気は地中の有毒物質を無毒化・固定化する過程で生じた毒素である。そのため腐海の植物群はその土地を無毒化しきってしまえば枯れて砂になってしまう。腐海の植物の胞子を清浄な水と空気の中で水耕栽培した場合、瘴気を出さず、また大きく育たない事がナウシカの独自の研究により判明した。

腐海を貫くタリア河の石は、その美しさから装飾品として珍重されており、ユパも現金代わりに用いている。

ヒソクサリ
猛毒の腐海の植物。
ムシゴヤシ
王蟲が好んで食べることからこう呼ばれる。新しい腐海が出来るときはムシゴヤシが先駆的に成長し、そのあと小型で多様な植物群がゆっくりと成長し、多様な腐海の生態系を形成していく。成木は光合成を行い、最大50メルテまで成長する。

[編集] 蟲

腐海に生息する巨大な節足動物。さまざまな種類が存在する。地蟲、羽蟲、管蟲などに大別される。 人びとが容易に腐海に踏み込めないように配置された、腐海の守護者的な存在。 瘴気の無いところでは長くは生きられない。

王蟲
読みはオーム。14の眼を持つ腐海の王的存在。ダンゴムシのような姿をしている。眼の色は普段は青いが、怒ると赤くなる。体液の色は青。口腔から伸びる金色の触手は治癒能力を有している。腐海にある湖の中に巣を持っている。
蟲のなかでも最大・最強を誇るが、人の知恵はその王蟲さえも利用するに至った(抜け殻を有効利用。堅牢な表皮を研いで剣としたり、眼球部分をガンシップのキャノピーとして使用。)。
このデザインはオーストラリアにあるカタ・ジュタ奇岩群を元にしたとも言われているがスタジオジブリによって参考とした事実はないと否定されている。[12]
映画版では王蟲の巨大さと重量感を表現するためにハーモニー技法が用いられ、さらに体節の動きを再現する為に、パーツを貼り付けたゴム板を伸縮させて撮影している。
大王ヤンマ
森の見張り役とされる羽蟲であり、何らかの異常が起こったときに、ほかの蟲を呼び集める働きを持つ。小さなものは人と同程度の体長で、細長い体に2から4対の羽を持つ。
ウシアブ
乗用車ほどの大きさの羽蟲で、羽を広げるとメーヴェの倍程度ある。丸い体に2対の羽を持つ。
ウシアブの頭部のデザインは、諸星大二郎の漫画「マッドメン」に登場する怪物「ン・バギ」に良く似ている。
ヘビケラ
竜のような形状で、平たい体に4対の羽、顎には巨大な鍬状の歯を持つ羽蟲。尾の先には太い棘が生えている。バカガラスより速い飛行能力を持つ。
ミノネズミ
地蟲の一種。腐海に落ちたアスベルを襲った。丸くやや扁平な体で、頭部には鍬状の歯を持つ。漫画版では名前の通り毛が生えている。敵に接近するとコメツキムシの様に跳ねて襲いかかる。
地蟲
その名の通り、飛行能力を持たず地を這う蟲を指すようである。腐海に落ちた船や人は、主に地蟲の餌食となる。
管蟲
原作版にのみ登場する。細長い円筒状の形態で、目や体節等は見あたらない。岩肌や腐海の木々などに丸い巣を作る。腐海に落ちたユパ、ケチャ、アスベルはこの巣に引っかかった。

[編集] 動物

テト
ナウシカと行動を共にするキツネリス。本来、人には懐かないがナウシカは例外であった。原作では、巨神兵オーマの毒の光をナウシカと共に浴び続けた事により、シュワへ向かう途中ナウシカを保護した(陰では利用しようとしていた)トルメキア王子の戦艦の中で、下着姿で眠っていたナウシカの胸の上で死んでしまう。その亡骸は、シュワへ向かう途中1000年以上その地に生き続けていると思われる木の根元に、ナウシカによって葬られた。
クイ、カイ
ユパの連れている二匹のトリウマ。このトリウマには仲間が死ぬと卵を産む習性があるらしい。原作でクイはカイが死んだ際に卵を産んだ。生まれた雛はチククと仲良くなっている。
キツネリス
長い尾と耳を持つ、小型の獣。雑食性。黄色の体毛に茶色の大きなトラ柄がある。眼は緑色。天空の城ラピュタにも登場しロボット兵の上で戯れる姿が描写されている。
トリウマ
巨大な嘴と頭部、強大な脚を持つ走鳥類。原作のユパの言葉によれば、過去の産業文明が造り出した種であり、作品中ではウマがほ乳類であったことも忘れられている。トルメキア及びエフタルの民の主な移動手段となっている。モデルは化石種の鳥、恐鳥類と思われる。
毛長牛
土鬼での主な移動手段であり、トルメキアやエフタル諸国でも荷を運ぶ重要な家畜のようである。モデルはヤク。天空の城ラピュタでの冒頭、シータが世話をしている家畜が同じ形態をしている(こちらはヤクと呼ばれている)。

[編集] 巨神兵

前文明の科学技術の象徴的存在であり、「火の七日間」で世界を焼き払った巨大な人工生命体。この世界ではその全てが化石となり腐海にその骸をさらしていると考えられている。

漫画版の巨神兵には歯の部分に「東亜工廠」と読める商標がある。漫画に登場する種々の残骸を見ると、頭部に角のあるものや、口の部分のデザインに異同があり、同じ巨神兵といっても様々なタイプがあることがわかる。骨格に相当する部分は超硬質セラミック製で、「謎の黒い箱」の中にある秘石を右のくぼみから左のくぼみへ移すと、心臓や筋肉が形成される。

漫画版の設定
漫画版では、ペジテで骨格が発見され、前述の「謎の黒い箱」にある秘石を動かしたことで成長が始まる。巨神兵の覚醒、火の7日間の再現を恐れたペジテの工房が石を外したことで成長は止まり、その後破壊を試みるも、火や爆薬では傷を付ける事も適わず、工房の奥に放置された。これを知ったトルメキアが奪取に乗り出すが、秘石を発見できなかったために断念。後に土鬼に奪取され聖都シュワにて蘇生される。その後、トルメキアに侵攻するためにナムリスの元にサナギ(人工子宮)の状態で運ばれるが、巨神兵破壊のために撃ったガンシップの砲撃で、逆に孵化が始まり目覚めさせてしまった。このとき秘石を持っていた人物がナウシカであったため、ナウシカのことを「ママ」と呼ぶ。(のちに「母さん」となる)
秘石はアスベルが捨てたと見せかけて隠し持っており、このときナウシカに渡した。秘石を得る前は言葉を発することも儘ならず、気に入らないことがあると癇癪を起こし、ナウシカの笑顔を見て喜ぶと言った具合に完全な赤子同然であった。秘石を体内に取り込んだ直後に片言の言葉を話すようになり(このあと秘石は壊れてしまう)、ある程度の知能を得たが、思考回路は我が儘な子供(3~5歳児並み)同然で、自分の力も完全にもてあましており、戦う敵が居ないと解ると、玩具を取り上げられた子供のように駄々をこね、プロトンビームを乱発するなどナウシカも手を焼いていた。その後、ナウシカに「オーマ」(エフタル語で「無垢」の意)の名前を与えられ急激に知性を発達させる。巨神兵という生命体の正体は、前文明があらゆる紛争に対処すべく生み出した調停者にして裁定者であった。

全身からは「毒の光」を放っている。自分の放つ光が有毒であることは理解しているようで、ナウシカに休息を促し単身でシュワへ向かった。

肉体の腐敗
力(プロトンビーム、長距離の飛行)を使うことで肉体が徐々に腐敗していっており、ある程度進むと発作的に体が動かなくなる。1日程度休息を取ると動けるようになるが、肉体に深刻なダメージを与えている様で、1回目は歯が抜け落ち、2度目は腐敗が進み肉体の維持が困難なほどボロボロになり、歩くことすら儘ならなくなった。

プロトンビーム
口蓋より強大な破壊力をもつ光線「プロトンビーム」を発射する。額からは出力を弱めたものを発射可能。当初は無闇に使用しようとしていたが、トルメキアの調査隊を皆殺しにした事でナウシカに使用を禁じられ、本人もナウシカの目の前での使用は出来るだけ控えており、使用する時も言葉による最低限の説得は行う様になった(ただし、パニックに陥った兵士に説得など無意味だった)。ナウシカがプロトンビームの使用を許したのは、墓所の主を葬り去るときの1 度のみで、これがオーマの致命傷となった。体の腐敗具合がプロトンビームの威力に現れており、当初は地平線の彼方にある山を吹き飛ばし巨大なきのこ雲を作るほどだったが、最終的には20リーグも離れていない近距離から小さなきのこ雲が確認できるほど(それでもシュワを消し去るには十分な威力)に威力が落ちた。

飛行能力
空間を歪め宙に浮き、高速で移動することができる。飛行の際は、肩の突起が伸張して光をおび、光輪又は翼状に変形する。オーマの体の腐敗具合が最も顕著に現れた能力で、当初は空気抵抗の大きい直立の体制でガンシップでさえ追いつけない高速で飛び、粘菌合流地(旧サパタ穀倉地)近くから一気にゴス山脈まで行くほどだったが、1度目の体が動かなくなった際は空気抵抗の少ないうつ伏せの体制で通常の船並み(ナウシカを人質に取られた為もあるが、その後のスピードの向上が見られない)のスピードに落ち、2度目で飛行能力すらも失ってしまった。

最期
当初は巨神兵の死を願っていたナウシカも、オーマと名付けており、巨神兵が人格を持っていることを理解し、徐々に愛情を注ぐようになり、オーマの死には涙した。最後はナウシカに立派な息子と認められ、母であるナウシカに看取られながら息を引き取った。汚れの無い純真無垢な心の持ち主で、死ぬ間際までナウシカのことを気遣う優しい心を持っていた。今際の言葉は『母さん。泣かないで…』。

映画版での設定
映画版では、ペジテで卵が発見されトルメキアがペジテに侵攻し奪取。その後、大型船で本国へ運ぼうとするが、巨神兵の重さに耐えられず腐海に着陸したため蟲に襲われ、舵を誤って崖に激突し風の谷に墜落。その後、捜索に来たクシャナがそのまま風の谷にて蘇生しようとする。その後、王蟲の大群が風の谷に迫った時に、これを食い止めるためクシャナの手により目覚めさせられるが、目覚めが早すぎたために体が腐っていて、プロトンビームを二発撃った後、崩れ落ちて死んでしまう。人間による攻撃命令を理解しているようではあるが、漫画版程には知能を感じさせる描写はない。

[編集] 秘石

漫画版前半のキーとなる謎の石。巨神兵を起動させる鍵にして胎盤及び制御する為の最終認識システムである。ペジテの地下坑道で、巨神兵の骨格に繋がれた黒い箱の中に置かれた状態で発見された。ペジテの工房が解析を試みた所、ふたが開き右の穴に秘石がセットされていた。巨神兵を動かす装置だと考えた工房によって左の穴に移動させるが、その時には何の変化もなかった為、しばらく様子を見た後、分解することとなる。しかし数日後、骨格の状態で放置されていたはずの巨神兵に心臓と筋肉が形成され、これが巨神兵の胎盤だと理解した工房によって石は外され、巨神兵の成長は止まった。

巨神兵と秘石の存在を知ったトルメキアの侵攻に遭った際、アスベルの妹ラステルに難民船にて持ち出され、墜落現場に救助に来たナウシカの手に渡る。その後調査に来たクシャナがナウシカと装甲兵の一騎打ちで、敗北したことで形勢不利と判断し『蟲使いの錯覚であった』として兵を引いた為(秘石を巡る自国内の陰謀があった為、あえて風の谷に置いたままにしておいた)、そのままナウシカの元に残る。その後、腐海の底で会ったラステルの兄アスベルに返還され、彼によって腐海に捨てられたとされ、しばらく物語から姿を消す。

土鬼によって巨神兵の蘇生が試みられた際、ある博士によって『重要な部品が失われており、制御できなく恐れがある』と警告された。やがて、その懸念は現実となり成長すらも止められなくなる。

その後、ナムリスによって巨神兵が宿営地に運び出された際、秘石を捨てたと見せ掛けていたアスベルによって再びナウシカに渡される。その際、巨神兵の復活が近かった為か光っていた。ナムリスと対峙し辱めを受けそうになった際、ナウシカが持っていた秘石を感じとった巨神兵がナムリスを攻撃。ナウシカを救助する。ナウシカが巨神兵は秘石を欲しがっているのでは?と考え彼にかざした所、まばゆい光と共に中身は巨神兵に取り込まれ、残った部分は砕け散ってしまう。この事で巨神兵はナウシカを母親と認識し彼女の命令のみ従うようになる。

[編集] 粘菌

漫画版のみに登場する腐海に自然に存在する生物。本来は500円玉ほどの小さな群れを作る。(変形菌)

トルメキア戦役では苦境に陥った土鬼の戦局打開の切り札として、神聖皇帝の命により秘密裏に人為的に強毒化された植物が暴走、変異し粘菌化した。成長するにつれてますます制御不能となり、周囲にある物すべてを飲み込みながら巨大化し、大海嘯の引き金となる。死を賭した王蟲の大群によってもたらされた腐海の植物群と混ざり合い、巨大化した人工粘菌は規模を縮小。その後、大量の王蟲の亡骸は腐海の苗床となり、広大な土鬼の領土の大半が腐海に没した。土鬼は、みずから生み出した粘菌によって滅亡したと言えよう。

[編集] 大海嘯

物語の中では腐海に住む蟲たち(特に王蟲)の大群が、津波のように押し寄せることを大海嘯と呼ぶ。風の谷の大ババの口述によれば、火の7日間の後3回発生している。300年前の最後の大海嘯は、エフタルの王位継承争いの内乱により急増した武具の需要に応えるため、王蟲を組織的に狩る方法をあみ出した武器商人により大量に王蟲が殺されたことが引き金となり、怒り狂った王蟲の大群がエフタル全土を覆った。大海嘯の間、王蟲はエサを食べないため、およそ二十日で飢餓により死に、これによって大海嘯はおさまる。しかし、王蟲の死後はその亡骸を苗床にして腐海の植物が成長するため、大海嘯に襲われた地は腐海に没する。

本来「海嘯」とは、アマゾン川で発生するポロロッカのように、大潮の際に海水が河川に猛烈な勢いで逆流する現象をさす。

[編集] 年代記

話の所々に出てくる歴史書。火の七日間とそれ以降の歴史が記されている。クシャナは同書物にて『トルメキア中興の祖』[13]と記されている事から、ナウシカ達のいる世界は、未来人から見て年代記に記された4度目の大海嘯の記述だとも推測できる。執筆者は不明だが、最終話にてナウシカの時代に存在していたにもかかわらず、以降も執筆された事が発覚。その事からヒドラ又は庭の主執筆説がある[要出典]。

[編集] 腐海文書

300年前の大海嘯の時に歌われた詩で、当時どの様な惨劇が起きたか記されている。年代記と同じく庭の主執筆説がある[要出典]。

[編集] 滅亡の書

火の七日間の時の事を記した文献。巨神兵の事の記述がある。

[編集] 超常の力

漫画版のみに登場する特別な力のこと。一言で超常と言っても、土鬼の僧のように訓練すればできる念話から、幽体離脱、サイコキネシス、幻影、憑依のように才がなければできないものまで様々である。物語上では、皇弟ミラルパ、森の人セルム、チクク、ナウシカ、高等なヒドラ~人造人間(庭園の主など)が特に強い超常の力を持っていた。

[編集] 船(飛行機)

原作において、エンジンを造る技術が失われて久しく、現存するエンジンのみを回収・再利用して船を建造していることが説明されている。腐海においても瘴気が届かなくなる高度を保てばマスク無しでの移動が可能であり、貴重かつ重要な輸送、移動手段とされている。作中で船と言えば一般的には飛行機である。映画版・漫画版とも風の谷の城の深部には廃棄されたガンシップ(の機体)の描写がある。なお海上を航行する船に関しては、漫画版の第1巻のクロトワがクシャナに主戦線の戦況を報告する場面で、海上から強襲揚陸艦らしき船で揚陸作戦を敢行している描写が見られるが、登場はその一回のみである。

メーヴェ
辺境の風使いが用いる凧。小型だが強力なエンジンを1機備えており、小柄な成人2名程度ならどうにか乗せて飛行することが可能。詳しくはメーヴェを参照。
ガンシップ
小型の戦闘機。映画版では風の谷及びペジテの物2機が描写されている。詳しくは、「ガンシップ (風の谷のナウシカ)」を参照。
バージ
艀船(はしけぶね)。エンジンが無い貨物船。滑空力しかないため推進能力のある船が牽引して用いる。
バカガラス
トルメキアの大型輸送船。モデルはドイツ空軍が用いたMe 323と思われる。詳しくは「バカガラス」を参照。
コルベット
トルメキアの戦闘艦。エンジンを2~8装備し、翼は2~4枚。一撃必殺の威力を持つ対空ロケット(四連装発射機を機首下部に装備)と機銃数丁を標準武装とするが、王族用重コルベットは多数の機銃とガンシップの大砲の直撃にも耐える重装甲を兼ね備えた空中戦艦と称すべき重武装艦となっている。→コルベット (風の谷のナウシカ)
バムケッチ
トルメキアの戦闘艦。コルベットに比べて小型で先尾翼形式のものと、通常航空機形式のもの(コルベットに類似)の2タイプが漫画版で描かれている。前者はクロトワの操るコルベットと空中戦を演じており、結果クロトワがこれを撃墜している。
浮砲台
土鬼の各侯国が所有する戦闘兼輸送艦。巨大な艦体にいくつもの砲を装備する。土鬼軍には戦闘専用艦が無いと思われ、浮砲台が諸侯国の輸送と戦闘の役割を兼任している。浮砲台の名の通り、攻撃力は極めて大だが“木製”であるため防御力は皆無といってよく、動きも鈍いためにガンシップやコルベットと1 対1で戦えるようにはできていない。大抵集合して砲列を並べ、圧倒的な火力によって接近を防ぐのが戦法であろう。動力の違いはあるが、天空の城ラピュタに登場するゴリアテに通ずるものがある。
飛行ガメ(飛行ポット)
原作版では飛行ガメと呼ばれる土鬼の小型偵察機。高さ2m、直径1mほどのカメの形状をし、浮遊しながら移動する。側面に4つの主砲を持ち、見た目とは裏腹にかなりの攻撃力を持っている模様。
映画版では飛行ポットと呼ばれ、ペジテが王蟲の幼虫をおとりにした作戦を実行した際使っていた。
発掘した反重力浮揚装置をセラミックの壺に入れたもので、ジャイロで定めた方向へ漂うように飛ぶ。
ブリッグ
ペジテの大型輸送船。終盤ではナウシカを乗せて風の谷に行くが、途中でコルベットから乗り移ってきたトルメキア兵に乗っ取られてしまう。

ハウルの動く城



『ハウルの動く城』(ハウルのうごくしろ、Howl's Moving Castle)は、ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジー小説「ハウルの動く城」シリーズ第1作・魔法使いハウルと火の悪魔を原作とした、宮崎駿監督によるスタジオジブリの長編アニメーション映画、及び作品中に登場する城。映画は2004年11月20日に日本公開された。
目次
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* 1 概要
* 2 監督交代と公開延期
* 3 あらすじ
* 4 動く城
* 5 魔法の謎
* 6 機械
o 6.1 陸上交通
o 6.2 海上交通
o 6.3 航空
* 7 キスシーン
* 8 興行と賞歴
* 9 キャッチコピー
* 10 登場人物&声優
* 11 スタッフ
* 12 ビデオ・DVD・テレビ
* 13 関連項目
* 14 外部リンク
o 14.1 ディレクトリ

[編集] 概要

原作には無かった戦争を付け加えるなど原作のストーリーを大幅に改編してあり、前半は比較的原作に準じているが、後半は原作とは全く違った展開になっている。原作者はこれを全て了承し、なおかつ映画を絶賛した。

主人公のハウルが美青年であることやソフィーを主体としたロマンティックなラブストーリーであること、またハウルの声優に、人気アイドルSMAPの木村拓哉を起用したことなど、アニメを敬遠しがちな女性にも劇場に足を運ばせる原動力となり、幅広い観客層を獲得した。とくにこれまでのジブリ作品が、ある特定の年齢層をターゲットとしてきたように、本作は「中高年」をターゲットに取り込もうとする試みも随所に見られる。主人公は老婆の姿であり、街は不便なことが多い。これらはやがて来る、自分達の将来の姿であり、「バリアフリー」や介助などの必要性を説いている。また同時に、愛には年齢や容姿など関係ないという主張も感じられる。

[編集] 監督交代と公開延期

当初は、中編作品として「猫の恩返し」と同時上映予定の作品であった。監督には東映アニメーション出身の細田守が決まり、脚本・吉田玲子、作画監督・近藤勝也をはじめとする制作チームが結成された(TOHO LINE-UP 2002 洋画系公開作品TOHO LINE-UP 2002 「2003年陽春公開」)。細田を監督に指名したのは、細田作品を観てその才能に惚れ込んだ宮崎駿と言われている。

しかし2002年前半、諸事情により制作どころか企画そのものが中止となった。ジブリ側は、制作中止に至った経緯について言葉を濁しているが、細田側からはジブリとの間に制作に関するトラブルがあったことが断片的に語られている。半年後の2003年に制作が再開され、宮崎駿が監督・脚本を担当した。

2004年夏公開を目指して作業が続けられたが、2004年1月に制作遅延などを理由として「2004年秋への公開延期」が発表された。徳間書店から発行された絵コンテ集では、終盤ソフィーの髪の色が元に戻っていたりヒンの名がベンジャミンになっていたりと、完成直前まで思案に思案を重ねていた痕跡が残されている。

注意:以降の記述で物語・作品に関する核心部分が明かされています。

[編集] あらすじ

魔法と科学が混在する、近代のような世界。

帽子屋の娘で18歳のソフィーは、街で2人の兵士に絡まれているところをある青年に助けられる。追われていると言う青年に促されるまま空中を歩き、ゴム人間に追われるが青年の魔法によって無事に逃げ切る事が出来た。 その夜、「荒地の魔女」と呼ばれる魔女から呪いをかけられ、ソフィーは90歳の老婆の姿になってしまう。他人に真実を訴えられないソフィーは家族に心配をかけたくないと思い、やむを得ず家出することになる。

街を出て荒地を放浪するソフィー。そして間もなく夜になろうかと言う頃、彼女の目の前に美しい女性の心臓を食らうと噂される魔法使いハウルの住む、巨大な動く城が現れた。彼女はその城へと入り込む。 そこでソフィーは、ハウルと契約して囚われた火の悪魔カルシファーに出会い、カルシファーをハウルとの契約から解放すれば、ソフィーを元の姿に戻すと言う取引をする。そして街で出会った青年こそが魔法使いハウルだったと知ったソフィーは、そのまま掃除婦としてハウルの城に居座ることにする。

やがてハウルのもとへ、国王から戦争へ参加するよう召集令状が届く。戦争に参加する事を拒むハウル、そして彼を助けようとするソフィー。そしてハウルと接するうちに、ソフィーの心の中にある思いが芽生えてくる。だが彼らの元には、確実に戦火が忍び寄っていた。

果たしてハウルとカルシファーの運命は、そしてソフィーの呪いは解けるのであろうか…。

[編集] 動く城

魔法使いハウルの住居。鳥に似た4本の足で荒地を歩行して移動する。“城”というよりも、ガラクタの集積のようである。

戸口のドアには回転式のスイッチ(ノブ)があり、スイッチの色(緑・青・赤・黒)を切り替えることで荒地(緑)、港町(青)、首都(赤)、暗黒(黒)の4ヶ所に出口を変更できる。後に、別色(緑・黄色・桃色・黒)に替わり、黄色はソフィーの生まれた街に、桃色はハウルの秘密の庭に通じるようになる。

歩行から照明、調理、入浴にいたるまで、城が消費するすべてのエネルギーはカルシファーが供給している。また、構造材を結合し、城としての形を維持することもカルシファーに依存しているため、カルシファーが城の外に出てしまうと、城は瞬く間に崩壊する。崩壊したとき、カルシファーは瓦礫を落としながらも動かした。だが、荒地の魔女が強引にカルシファーを取り出したせいで、暴走し2つに割れてしまった。ソフィーとヒンが乗った半分は、深い底に転落し、瓦礫の山となってしまった。一方、もう半分は無事だったが、床だけになり山を滑り落ちた。映画後半で崩壊したハウルの城だが、エンディングで空を飛行する動く城として再登場している。

「ハウルの動く城」のオブジェが北海道旭川市に現存し、展示されている。映像はこの城のオブジェを参考にして作られた。

[編集] 魔法の謎

荒地の魔女がソフィーにかけた魔法がどんな魔法であったかは、詳しく触れられていない。 作中では、ソフィーがハウルとありのままに過ごす時だけ元の少女に戻るなど、不明な点が多いが、これはソフィーの精神状態と外見の年齢が比例しているとも考えられ、鑑賞する者に投げかけたメッセージともとれる。

最終的にソフィーの呪いが解けた描写はひとつもなかった。しかし原作ではハウルがソフィーの呪いを解こうしていたが、ソフィーが自分にも呪いを掛けていた(原作ではソフィーは魔女であると明記されている)ので、結果的に老婆の姿のままであったことから、映画でもソフィーがハウルとありのままに過ごす時や、感情が高ぶった時に少女の姿に戻るなどこの設定が踏まえられた上でという可能性がある。また荒地の魔女に呪いを掛けられなかったとしたら、彼女は帽子屋で、細々暮らし後の戦争でハウルに会う事も無く一人で危険をおったかもしれない事を考えると、年をとったことで自意識から解放され積極的になれたソフィーにとって、荒地の魔女はハウルと同じく噂では悪人扱いされながらも心がやさしい人ともとれる。

終盤でカブの正体は明かされたが、カブに呪いをかけたのが何者で、どのような経緯であったのかも語られてはいない。

この世界において魔法の大きな源は空から落ちてくる得体の知れない異形の力(星、悪魔とさまざまに呼称される)であることが物語終盤の描写から推測できる。この異形の力と契約し、何かを代償に捧げることで強大な力を手に入れることができる(ハウルはカルシファーと契約し、自らの心臓を代償としたことで力を手に入れた)。この契約が破棄されると契約している異形の力は束縛から解放され、契約を結んでいるものは代償を取り戻す事が出来る。

また魔法を乱用することで、魔法を使うもの自身が異形の存在へと変化していく。ハウルはサリマンと荒地の魔女から逃れるために、荒地の魔女は自らの老いから逃れるために魔法を乱用した。

物語の設定上、舞台は「魔法と科学の融合する世界」であり、魔法と機械の融合した技術や産物の描写として、ハウルの"動く城"や、荒地の魔女の魔力を奪う場面で目封じとして電球が使われるなどして登場している。

[編集] 機械

機械の発達レベルは魔法と混合しているだけあり、かなり偏っている。

[編集] 陸上交通

陸上交通はほとんどが蒸気機関を利用したものが多い。街では、蒸気自動車や、現実にはあまり発達しなかった蒸気トラクター、蒸気トラム(蒸気機関で動く路面電車のようなもの)が交通機関として使われている。鉄道は蒸気機関車が主力と思われるが、映画ではソフィーの住む帽子店裏で貨物列車を牽いているシーンがあるのみで、その他の街では一切出てこない(ちなみに、登場した機関車は映画後半の空襲シーンにおいて炎に飲み込まれてしまった)。荒地の魔女の用いる輿(こし)も不審に思われない程度には残存している。

[編集] 海上交通

軍の船としては鋼鉄製の軍艦が就役している。一般の船も小型の漁船などが就航しており、やはり蒸気機関で動いている。

[編集] 航空

航空物としては羽ばたき式飛行機械が各種発達しているが、どれも軍用のようで、乗客輸送などは行っていない模様。同じ飛行機械としてフライングカヤックが登場するが、こちらも軍用のようで、一般には使用されていない。ただし、試乗会のような形で一般の人が乗るシーンはあるが、操縦者は全て軍人である。

[編集] キスシーン

本作品には、ソフィーとハウルのキスシーンがある。これは宮崎駿作品では、『紅の豚』のポルコ=ロッソとフィオのキスシーン以来の、まともな唇にするキスである。なお『未来少年コナン』にもキスシーンがあるが、未来少年コナンの場合は水中呼吸という前提の上にあるため、純粋なキスシーンは『紅の豚』『ハウルの動く城』のみである。カブ・おばあちゃん・カルシファーとのキスもある。

[編集] 興行と賞歴

公開2日目で観客動員数110万人、興行収入14億8000万円と日本映画歴代最高のオープニングとなり、2005年5月1日までに観客1500万人を動員し、興行収入196億円と、『千と千尋の神隠し』についでジブリ史上第2位の記録を樹立した。

その年の第61回ヴェネチア国際映画祭においてオゼッラ賞、翌年にはニューヨーク映画批評家協会最優秀アニメーション賞を受賞。さらにアニメーションのアカデミー賞と言われる第33回アニー賞の長編映画部門作品賞にノミネート(33rd Annual Annie Award Nominees and Winners)されたことに続き、千と千尋の神隠し以来となる第78回アカデミー賞にもノミネートされる等海外においても高く評価された。

世界中で公開され、かなりの興業収入を得るが、アメリカでの興行はいまひとつ(興行収入2億7000万円)だった。概ね高評価であったが、有力雑誌タイムでは『ストーリーを進める意志が感じられない』との批評も受けている)

2006年7月21日の初TV放映時には32.9%という高い視聴率を記録している。

* 第61回ヴェネチア国際映画祭・オゼッラ賞
* 第37回シッチェス・カタロニア国際映画祭・観客賞
* 平成16年度文化庁メディア芸術祭・アニメーション部門優秀賞
* 第59回毎日映画コンクール・日本映画ファン賞
* 東京アニメアワード2005・アニメーションオブザイヤー・監督賞・声優賞・音楽賞
* 第9回ハリウッド映画祭・ベストアニメーション賞
* ニューヨーク映画批評家協会・最優秀アニメーション賞
* ロサンゼルス映画批評家協会・最優秀音楽賞
* サンディエゴ批評家協会賞
* 2005年度マウイ映画祭・最優秀映画賞
* ネビュラ賞・2007年最優秀脚本賞
* 文春きいちご賞第4位

[編集] キャッチコピー

* 「ふたりが暮らした。」(糸井重里)
* 「この城が動く。」
* 「生きる楽しさ。」
* 「愛する歓び。」

[編集] 登場人物&声優

ソフィー・ハッター(Sophie Hatter)(声:倍賞千恵子)
主人公である18歳の少女。3人姉妹の長女で、義母の経営する父親ゆずりの帽子屋でお針子として働いていた。家を出て働く妹とは違い引っ込み思案であり、自分の地味な容姿に劣等感を持っていた。荒地の魔女の呪いによって90歳の老婆にされ、ハウルの城で掃除婦として居座ることとなる。老婆にされたことによって自意識から解放され、積極的な性格となる。動く城で、ハウルと暮らすうちに彼に対して次第に恋愛感情を抱いていく。物語の後半で彼女は大きく変わる事になる。物語前半では、黒に近い茶髪だったが、中盤部、城の引越し場面辺りから、髪が銀色に変化しており、EDでも銀髪(ハウル曰く「星の光に染まっている」)のままである。これに魔法が影響しているのかどうかは映画では触れられていない。物語後半で、三つ編みにしていた彼女のおさげはカルシファーの魔法のエネルギーとして食べられるが、おさげを切り取られたことで、彼女の印象は大きく変わっている。絵コンテでもそのシーンで「ヒロインようやく登場」という書き込みがある。英語・フランス語・スペイン語の吹き替え版では、若いソフィーと老婆のソフィーとで、声優が異なっている。原作では3人姉妹の長女であるため、西洋のおとぎ話の伝統である「成功するのは末娘であり、長女は運試しをしてもうまくいかない」という迷信にとらわれているが、映画ではこの設定はあまり重視されていない。
ハウル(Howl)(声:木村拓哉)
街では「美女の心臓を食べてしまう」と噂される美形の魔法使い。サリマン曰く、素晴らしい才能を持つ魔法使いだが、子供っぽい(というより精神的に未成熟な)面が多い。当初は金髪に染めていたが、ある事をきっかけに黒髪のままとなる。火の悪魔カルシファーと契約し魔力を強めている。戦場へ飛び立つ時は黒い鳥に似た魔物へ変じる。ジェンキンス、ペンドラゴンなどさまざまな偽名を使い分けながら暮らしているが、ソフィーが動く城にやってきた事で、変革を余儀なくされる。同じく魔法使いの叔父がいたらしいが、既に亡くなっている模様。原作では、異世界に別な家族を持つが映画には登場しない。また性格がより一層つかみどころが無い。
荒地の魔女(Witch of the Waste)(声:美輪明宏)
50年前に悪魔と契約した事からサリマンによって王室を追放された魔女。ゴム状(粘液状)の黒い人形を使い魔とする。体型の割には小さい輿に乗って移動する。若さ、美しさと、ハウルの心臓に執着し、追放された事からサリマンを恨んでいる。後にサリマンに魔力を奪われただの老婆に戻ってしまい、成り行きから動く城に住む事になる。荒地の魔女と言われ恐れられてはいたが、自分で掛けた呪いを解くことが出来ないなどその実力はいかほどなものなのかは不明。物語当初は悪役というイメージがあるが、完全に人の心がないという訳でもない。原作では完全な悪役であり、かなりの美人という設定だが、映画ではかなり肥満な体型である。
カルシファー(Calcifer)(声:我修院達也)
火の悪魔。ハウル自身と"動く城"に魔力を供給しており、ハウルとの契約が他人に見抜かれるまではその束縛がとかれることは無い。水に弱く、食べ物(燃やすもの)が無くなると消えてしまう。食べるものによって発揮できる魔力の量や質が異なり、相性の良い人物のもの(例:ソフィーの髪など)を食べることで一気に大きな魔力を生み出すことができる。また心臓や片目を捧げれば正式な"契約"を結ぶことができる。お人好しな性格のためか、調子に乗りやすい。原作では青い炎という風に描かれている点を除き、映画と原作でほとんど違いはない。
マルクル(Markl)(声:神木隆之介)
ハウルの弟子で、外見は8~10歳程度の少年。外出時や、呪いを売ったり人の相手をする時は、魔法のフードをかぶって老人に変装する。当初は背伸びをしたような性格だったが、ソフィーに懐いていくうちに、子供っぽい性格となっていく。イモが嫌いで、魚もあまり好きではないようである。また、何らかの事情により自室に入られるのを拒む。原作ではマイケルという15歳の少年だった。
レティー(Lettie)(声:香月弥生)
ソフィーの妹で三姉妹の次女。街の中心部に位置するカフェ・チェザーリで働く看板娘。明るい性格で街中の男や兵士に人気がある。長女だからと言う固定観念にとらわれているソフィーをいつも心配している。原作を読むと実は彼女は三女のマーサなのでは?と思えるが、原作のマーサのキャラクターを、映画ではレティーに当てている感じである。三女マーサは映画には登場せず、ソフィーが送ってもらった農夫に言ったと思われる「中折れ谷に末の妹がいる」というセリフのみで存在は不明。また、「マーサ」の名も「ハウルに心臓を食べられた女の子」という噂話の中に登場するのみで、姉妹との関連も不明。
ファニー(Fanny)(声:八十川真由野)
ソフィーの義母。帽子店の経営者だが、店に出てくる事はほとんどなく、いつも出掛けている。ソフィーが呪いを掛けられ家を出て行った後、店を畳み資産家の男性と再婚している。元帽子店を新しい住処に戻ってきたソフィーと再会し、老婆になったソフィーを受け入れ抱きしめるが、サリマンの差し金だった様子(申し訳なく思っているようだが)。原作では、ソフィーを働き漬けにし自分は遊び歩いているとマーサに悪口を言われていたが、けして愛情のない女性ではない。
カブ(Prince Turnip)(声:大泉洋)
頭部にカブを用いたカカシ。何らかの魔法がかけられており、自分の意思で動く。荒地で生け垣に引っ掛かっていたところをソフィーに助けられ、彼女に懐く。探し物を見つける魔力を持っているとおぼしい。正体は隣国の王子であり、呪いが解けたあと、戦争終結に向けて動く事になる。原作にも登場するが、設定がかなり異なる。
サリマン(Suliman)(声:加藤治子)
マダム・サリマン。ハウルの師匠で魔法学校の校長であり、宮廷に仕える王室付き魔法使い。ハウル以上に強大な魔力を持つ魔女である。国王の背後ですべてを操る黒幕的人物でもあるが、戦争に完全に賛成している訳ではなく、最終的には戦争終結に向けて動いていた。原作でのサリマンは男性であり、設定も全く違う。映画版での人物位置的には、原作に登場するペンステモン婦人に近い。
国王(声:大塚明夫)
ソフィーたちが住む国の国王。軍服を着ているが、どういった伏線かは不明。原作では弟としてジャスティン殿下がいるが、映画には登場しない。
小姓(声:伊崎充則、保村真)
金髪の美少年。ファンの間では幼い頃のハウルがモデルではないかと言われている。同じ容姿の小姓が数人存在し(少なくとも四人)、サリマンに仕えている。
ヒン(Heen)(声:原田大二郎)
サリマンの使い魔(作中では使いイヌと呼ばれていた)で、名前の通り「ヒン」と鳴く。ハウルの様子を探るために、動く城に送り込まれたが、ソフィー達にすっかり懐いていてしまった。階段も昇れないほどの老犬だが、耳を羽ばたかせて空を飛ぶ(ジャンプ?)ということが出来る。演じた原田大二郎によれば、喘息のように苦しい咳をイメージしたとのこと。
マッジ(声:菅野莉央)
兜(声:半場友恵)
兵士(声:安田顕、大泉洋)
ケーキ屋店員(声:森崎博之)
橋の上の男(声:佐藤重幸)
港町の魚屋(声:佐々木誠二)
城の門番(声:音尾琢真)
その他(声:村治学、塚本景子、高橋広司、山田里奈、大林洋平、水落幸子、松岡依都美ほか)